Tuesday, September 30, 2014

福島原発事故に伴う指定廃棄物の最終処分地選定をめぐる政策過程


本日(2014年9月29日),法政大学政治学専攻月例研究会にて標記の報告を行いました.目下係争中の政策課題でありますので,一般の便宜に供するため,報告に用いたレジュメを公開するとともに,註等を省略した内容を以下に掲載します.

指定廃棄物についての公式情報は,環境省の「放射性物質汚染廃棄物処理情報サイト」にて発信されています.現状とこれまでの経緯については,同省「放射性物質汚染廃棄物に関する安全対策検討会」第1回(2014年4月28日)の資料4「放射性物質汚染廃棄物の発生経緯と現状について」が比較的まとまっているかと思います.

私がこの問題に関心を持ち始めたのは本年5月からと遅く,また急ごしらえのレジュメでもあることから,誤りを多々含んでいるものと危惧します(主としてインターネット上にて入手可能な情報源に依拠し,聞き取り調査などは行っておりませんし,新聞報道も網羅的には参照しておりません).ご叱正・ご批判を歓迎いたします.


1. 指定廃棄物とは何か

  • 2011年3月の福島第一原子力発電所事故に伴い発生した、一定量の放射性物質(1kg当たりの放射性セシウムの濃度が8000ベクレル超)を含む汚泥、汚染稲わら、浄水発生土、焼却灰など。1都11県に、合計14万トン以上が一時保管されている。
  • 福島県を除き、相対的に量の多い宮城・茨城・栃木・群馬・千葉の5県については、11年8月公布の「放射性物質汚染対処特措法」と、同年11月11日に閣議決定された国の「基本方針」に基づき、県内処理のための最終処分場を建設することが予定されている。残りの7都県については処分方針が決まっていない。
  • 処分にあたっては、稲わらなど可燃性廃棄物は仮設焼却炉で焼いて、容量を削減する。焼却灰や不燃性廃棄物を地下に埋め立て、コンクリートで蓋をする。数十年後に放射性濃度が一定程度減衰した段階で、作業用空間も埋設。
  • 現状は、ごみ焼却施設や浄水施設、下水処理施設、農家の土地などに仮置きされており、保管の長期化と分散管理を問題視する環境省は、各県内の最終処分場建設を急ぎたい考え。福島県内への集約は「福島県にこれ以上の負担をさらに強いることは到底理解が得られない」として、これを否定。
  • 環境省は最終処分場立地を円滑に進めるため、1県当たり10億円、5県に合計で50億円の「地域振興費」を交付する方針。


2. 各県の状況

 2. 1. 宮城県 
  • 一時保管されている指定廃棄物は約3,300トン(稲わらなど農林業系副産物が約2,240トン、浄水発生土が約1,010トン)。稲わらが多く、全体の3分の2が登米市にある。個人の農地を借り、ビニールハウスに遮光性のカーテンをかぶせた状態で保管。14年3月で当初約束した保管期限は切れたが、最終処分場は決まらず。ほかに、白石市の浄水場では550トンの汚泥を保管。
  • 環境省と県、市町村長による「市町村長会議」を12年10月から開催し、13年11月の第4回までに、処分場を県内に1箇所つくる方針と、候補地の選定手法について合意。
  • 処分場立地のために必要な土地の広さ(2.5ha)のほか、次の3つの観点から国有地・県有地の適正評価を行い、候補地が絞り込まれた。
    • ①自然災害の恐れのある地域、自然環境を保全すべき地域、史跡・名勝・天然記念物等の保護地域を避ける。
    • ②年間50万人以上が訪れる観光地の周辺は避ける。
    • ③生活空間との距離、水源からの距離、自然植生の少なさを考慮。
  • 第5回の市町村長会議(14年1月20日)で、最も適性が高いとして、栗原市の深山嶽、加美町の田代岳、大和町の下原の3つの国有林を候補地に選定。
  • 環境省は詳細調査を経て15年3月までには決定し、搬入もしたいとしているが、3首長および住民は反対を表明し、環境省の選定基準に則り、不適地であると主張。
    • 栗原市:選定に使用されたデータは古い。08年の岩手・宮城内陸地震の際、周囲で国内最大級の地滑りが起きた。近くにある栗駒山は火山。周辺には鬼首、鳴子温泉など観光地もある。
    • 加美町:町による現地調査の結果、地質、面積や斜度などが条件を満たしていない。周辺に砂防施設がある。リゾート施設に近接している。原発事故以来、地元米が風評被害を被ってきた。
    • 大和町:自衛隊の王城寺原演習場が近く、誤射の危険性がある。候補地周辺の川が隣の色麻町の水源となっている。周辺には県のレッドリストに載っているオオバヤナギが群生。演習場や産廃最終処分場など、これまで様々な迷惑施設を引き受けてきた。
  • 県は、14年5月から7月にかけ、国と3市町を交えた5者協議を4回開催し、詳細調査の受け入れを促したが、合意には至らず。石原環境大臣(当時)が出席した7月25日の第6回市町村長会議を経て、8月4日の第7回市町村長会議で調査受け入れを決定。
  • 村井知事の受け入れ表明を受けて、環境省は調査着手を各市町に申し入れ。降雪のある11月半ばまでに調査を終えたいとする。栗原市長と大和町長は3市町の足並みが揃うことを条件に調査を容認も、加美町長は受け入れを拒否。同町議会は9月19日、処分場建設阻止を目指して「自然環境を放射能による汚染から守る条例」を全会一致で可決した。
  • 反対住民には、「原因者負担」「発生者責任」の原則に基づき、指定廃棄物は福島原発に戻して、東京電力に責任を負わせるべきだとの主張が根強く、県内処理の妥当性を否定している 。背景には、福島県だけでなく自分たちも原発事故で迷惑を被った被害者であり、これ以上の負担は受け入れがたいとする住民感情がある。村井知事は、震災がれきの広域処理で他県にお世話になったのだから、指定廃棄物は自県内で処理すべきだという立場。

 2. 2. 栃木県
  • 県内の指定廃棄物の量は約1万500トンで、福島県に次いで多い。現在は、農家や事業所など県内約170ヶ所に分散して仮置きしている。
  • 環境省は12年9月、福島県に近い矢板市塩田の国有林を候補地に選定したが、国の一方的な決定に対する地元の猛反発にあい、撤回を余儀なくされた。その後、宮城県と同様の方式による合意形成に方針を転換。13年4月から「県指定廃棄物処理促進市町村長会議」を開催し、12月までに県内1箇所の建設と候補地の選定方法が合意された。
  • 14年7月、環境省は塩谷町上寺島(寺島入)の国有林を候補地に選定。候補地から直線距離4kmにある尚仁沢湧水は一帯の水源となっており、1985年に環境庁の「名水百選」に選ばれたこともあることから、住民は反発。
  • 8月5日、塩谷町議会は候補地の白紙撤回を求める国への意見書を全会一致で可決。9月19日には同じく全会一致で「町高原山・尚仁沢湧水保全条例」を可決。同条例により、候補地を含む保全地域での事業には町の許可が必要とされた。
  • 9月22日、「塩谷町民指定廃棄物処分場反対同盟会」は、県内処理を定めた「基本方針」の見直しを国に働きかけるよう求める要望書を、福田知事に提出。
  • 福田知事は、処分場立地に伴う風評被害への対応を求め、尚仁沢湧水を核に同町を全国にPRする「名水プロジェクト」を例示。石原環境大臣(当時)は理解を示し、対策費50億円のほかにも、地域振興に協力する姿勢を示した。
  • 県は14年8月から独自に設置した県指定廃棄物処分等有識者会議を開催。候補地での地下水に関する調査計画や、詳細調査の評価基準の項目などについて、環境省の選定を検証し、独自の意見を取りまとめる方針。
  • 反対する主張や住民感情などは宮城と共通であり 、市町村長会議でも当初は福島第一原発への搬入を求める声が強かった。塩谷町長はインタビューで、「原発周辺に住民が帰れない土地が出てくるとしたら、そういう場所に集約して処理すること」を、「本気で考えてもいいのではないか」と述べている。矢板市長は仮置き場で保管を続ける案を主張したが、福田知事はこれを否定。

 2. 3. 千葉県
  • 約3,700トンが一時保管されており、特に指定廃棄物が多かった松戸市・柏市・流山市は、集約した保管場所への搬出を県に要望。県は14年度末を期限とする協定を結び、我孫子市・印西市の手賀沼下水処理場へ526トンを搬入し、12年末から保管している。
  • 宮城、栃木と同様、13年4月から市町村長会議を開き、14年4月までに県内に最終処分場1箇所を建設することが了承され、初めて民有地も候補とすることになったが、未だに候補地は提示されていない。
  • 保管期限が迫るなか、県は、14年度末までに最終処分場への搬出ができない場合、発生元の自治体が手賀沼から指定廃棄物を持ち帰り、新たな一時保管を行う準備を進めるように要請。手賀沼への搬入の際に反対運動が起こり、搬入が13年6月で停止した経緯もあるため、期限延長はしない方針。
  • 手賀沼での反対運動にかかわった住民はその後、地元から指定廃棄物が撤去されればよいという問題ではないと語り、県民一般の当事者意識の欠如を指摘している。「私たちは当事者になったわけです。ここから20kmも離れていれば関心は全然湧かなかったと思う、我々も」。

 2. 4. 茨城県
  • 県内の指定廃棄物は約3,500トン。14市町内のごみ焼却場や下水処理施設など15カ所で、遮水シートで覆うなどして仮置き。放射性物質濃度が他4県に比べ低く、焼却灰や下水汚泥が9割を占め、農業系の指定廃棄物がないのが特徴。
  • 12年9月に、最も福島県に近い県北の高萩市の国有地を、国が候補地として一方的に決定。地元の市長・住民らの反対にあって撤回を余儀なくされている。その後、13年4月から市町村長会議を3回開催してきたが、箇所数や選定方法に合意は得られていない。
  • 大量の稲わらを敷地内で保管する農家から早急な対応を迫られている宮城、栃木両県とは事情が異なり、結論を急ぐ雰囲気が高まっていない。

 2. 5. 群馬県
  • 県内では、7市村で約1,190トンを保管。前橋水質浄化センターは市内の下水から出た汚泥の焼却灰など約340トン、高崎市では2つの浄水場で浄水時にたまった土と下水汚泥を計280トン、それぞれ保管している。
  • 県は当初、県内に1箇所ではなく発生元の自治体ごとの最終処分を国に逆提案していたが、のちに国の方針に従うことを決めた。
  • 他県同様、13年4月と7月に市町村長会議を開いたが、結論は出ず、3回目の会議は未定。市長会と町村会でも議論が行われ、市長会では意見が集約されなかったが、町村会は13年10月に、県内処理の方針を見直すよう環境省に求めた。
  • 保管場所に民有地はなく、腐りやすい稲わらなどもない。費用もほとんどが環境省の委託費や東電への請求で賄われていることから、切迫感が生まれていない。

3. 問題の諸相

 3. 1. 当事者意識の欠如――解決の主体は誰か
  • 処理の必要性が明らかであるのに、誰も負担を引き受けようとしない、典型的なNIMBY(Not in my backyard)状況。
  • 宮城県では、処理の必要性・緊急性が可視的だった震災がれきと比べ、一部農地などで保管されている指定廃棄物は、県民一般の目に触れにくい。他県でも浄水場などに保管されていることが多く、地元が保管地・候補地にならない限り、関心を呼びにくい
  • 多くの住民には、自分たちは(も)原発事故の被害地域であるとの意識が強く、処分場の建設は正当な理由のない過重な負担(受益なき受苦)と感じられている
  • 自ら解決すべき問題であるとの当事者意識を持つことは困難となり、国の責任や発生者責任が強調される。
  • 他市町村の廃棄物を引き受けることにも抵抗がある。各県の市町村長会議では、県内1箇所という方針を問題視し、自治体ごとや数箇所での分散保管を主張する声が相当数あった。環境省は分散管理のリスクを強調するが、そもそも県単位での処分自体が行政区画以上の合理的理由を持たず、現に千葉県内では有望な候補地が見つからず苦慮している。地域間の公平と処分上の合理性、どちらの観点からしても、県内1箇所の方針には疑義が寄せられており、処分の妥当な単位には争いの余地がある
  • 震災がれきの広域処理をめぐっては、危険性が疑われる他県の廃棄物をなぜ受け入れなければならないのかが問題となった。指定廃棄物処分の場合、似た構造が同一県内で再現されているとも言える。ただしその際、他市町村の廃棄物の受け入れを求められる自治体も、既に一定の受苦を余儀なくされていることが多い。がれきの場合では、広域処理による負担の分配が(是非はあれど)地域間の公平(連帯)に適ったのに対し、指定廃棄物の県内1箇所への集約は累積的な受苦を生む可能性が高く、地域間公平の実現を困難にする。
  • まして、福島への集約は累積的な受苦を極大化させるものであり、地域間公平を甚だしく損なう。それだけでなく、当事者意識を持たないままでいることを助長し、高レベル放射性廃棄物(HLW)処理をめぐっても同様の対処が繰り返される土壌を育みかねない

 3. 2. 不信の構造――合意を阻むもの
  • 安全性や風評被害への危惧に加え、国への強い不信が、合意形成を困難にしている。
  • 第一に、県内処理の方針が策定された手続きや、候補地選定過程の不明朗さ(後述)。
  • 第二に、一旦候補地として詳細調査を受け入れると、不適地と判断されることは期待できず、引き返せなくなるのではないかという危惧。制度的には保障されている決定過程の可逆性を、住民が信頼できない状況。
  • 第三に、各県で合意形成が難航するなかで、他地域に先がけて引き受けると、他都県分の廃棄物も搬入されてしまうのではないかという潜在的危惧。
  • 第四に、一旦引き受けると、その周辺に別の危険施設・迷惑施設も次々と誘致されるのではないかという潜在的危惧。

 3. 3. 政策枠組みの硬直性――不信を強化する意思決定手続き
  • 県内処理の妥当性(福島県内への搬入の妥当性)をどう考えるかとは別に、政策決定手続きとしての妥当性が問題を含んでいる。
  • 環境省は一方的な候補地指定の失敗を踏まえ、県ごとの市町村長会議で県内1箇所の処分場立地と候補地選定基準に合意を取り付ける方式に転換したが、県内処理の方針は堅持し、文献調査のプロセスは依然として不透明。
  • 政策過程の「上流」で決定された県内処理という枠組み自体が「下流」の政策実施段階で摩擦を引き起こしているため、候補地選定や詳細調査などをいかに丁寧に進めても、反対側には形式的・表面的な対応にしか見えず、不信が強化されるばかりとなる
  • 指定廃棄物が地元にあること、来るかもしれないことで喚起される関心は、HLWを含む放射性廃棄物の処理問題を解決すべき主体としての当事者意識へと発展する可能性を持つものである。だが、現行の手続きでは、政策決定の時点で住民の意見反映の機会がなかったことを反対する根拠として与え、「福島に戻せばよい」という(合理的かもしれないが)安易な対処を主張して当事者意識を持たないままでいることを許している。

4. 解決の方向性

 4. 1. 多段階の社会的合意形成――HLW処理に関する学術会議報告から
  • 日本学術会議が14年9月に発表した報告「高レベル放射性廃棄物問題への社会的対処の前進のために」は、12年の報告で提唱した、HLWの「暫定保管」政策の具体化に向けた社会的合意形成を進めるための考え方を示したもの(日本学術会議 2014)。
  • 政策案の選択の幅として、何を「変えられないもの」と考え、何を「変えてもよいもの」と考えるべきかについて、政策論議の参加者が判断を共有する必要がある。
  • まず一般的・抽象的なレベルでの規範的原則(「変えられないもの」)に合意した上で、より個別的・具体的レベルでの判断(「変えてもよいもの」)についての合意を探っていくべき。以下の諸原則は広範な合意が可能。
    • 安全性を最優先すべきこと(安全性最優先の原則)
    • 国内のどこかに施設建設が必要なこと(自国内処理の原則)
    • 多層的なレベルごとに、地域間における受益と負担が公平であるべきこと(多層的な地域間の公平の原則)
    • 施設建設には、多層的なレベルごとの地域住民や自治体の同意が必要であること(社会的合意形成の原則)
  • 最も一般的な原則について、全国知事会、全国市長会、全国町村長会などの多層的な地域代表団体の合意が得られたら、施設の具体的立地点を選定する段階に進める。
  • 特定地域での立地点選定に先立っては、選定手続きや建設・管理に際する条件(建設の承認手続き、住民参加の方式、情報公開の仕組みなど)などの、より具体的な原則について、当該地域の自治体や市民団体代表などの合意が必要。

 4. 2. 意思決定手続きの改善策
  • 政策の実施過程ではなく、形成過程において複数の選択肢(集約処理、県内処理、分散処理など)と、その帰結(各選択肢における候補地での影響評価)を示す。
  • 候補地選定や影響評価のプロセスは透明化し、市民参加型手法(討論型世論調査、パブリック・コメントなど)による議論喚起と意見反映を経て、選択肢の絞り込みを行う。
  • どのような選択肢を選ぶにせよ、事後的に異なる地域や種類の廃棄物が搬入されたり、追加的に異なる種類の施設が立地されたりすることがないよう、予め政策内容を明確化・限定化し、各県知事や各地域代表団体との合意を形成する。
  • 実際に候補地の調査や処分地の決定を行なうにあたっては、候補自治体および地域住民の広範な合意を条件とする。
  • 合意が得られないのであれば、前の段階に手戻りすることを原則とし、意思決定過程の可逆性を保障する。

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