Friday, May 29, 2009

国会議員の世襲制限に関する憲法学的考察


まず、世襲制限が憲法で認められている職業選択の自由を侵すために不可能であるとの議論があるが、これは正しくない。

職業選択の自由とは、個人が自らの就職・転職・退職を決定し、選択した職業を遂行するにあたって、国家の規制を受けないことを意味する。しかし、これは他の憲法上の自由と同様、「原則として」規制を受けないのであって、例えば「公共の福祉」と言われるような正当な理由がある場合には、その限りではない。

現に届出・許可・資格などが必要な職業はたくさんあるし、売春のように全面的に禁止されている職業もある。当の規制が必要とされる理由と、その目的実現のための手段としての妥当性について議論が分かれることはあっても、そもそも規制が「不可能」であるということはない*1


では、特定の個人に特定選挙区からの立候補を禁ずることが許されるとすれば、どのような目的に拠ることになるだろうか。

議員世襲の帰結に着目する議論からは、(1)後援会や政治資金団体の継承による既得権益との相対的に強固な結び付きが議員活動に不適切なバイアスを生じさせる、(2)世襲候補の高い当選可能性のために有能な人材の参入が妨げられる、(3)特定の層から議員が再生産されることによって社会内に存在する多元的な価値の反映が困難になる、などの問題点が指摘されている。

加えて、権利相互の均衡に着目することで、世襲候補の乱立が再生産する障壁と非流動性が有権者の選挙権・被選挙権の実質的な行使を阻害している、と立論することも不可能ではない。

いずれにしても、これらの問題の解消を目的とすることは、職業選択の自由への制限を正当化し、憲法上の問題を回避するに十分な程度の理由は提供しているように思う。


また、憲法上の参政権の一部たる被選挙権を盾に世襲制限を退けようとする議論もある。被選挙権は主として立候補の自由を意味しているが、その中に出馬する選挙区を制限されない自由までが含まれているのかは分からない。憲法が保障する被選挙権の趣旨が特定個人の政治参加を国家が不当に制限することの予防にあるとすれば、特定選挙区からの出馬を時限的に制限する程度の規制が許され得ないとも思えない。

さらに、より理念的な観点から言うと、(一旦選出された議員が選出母体の意思を議会内に反映しようとするならともかく)これから「(部分代表ではない)国民代表」たる国会議員として選ばれようとする候補者に対して、自らの選出母体を選ぼうとする彼の意思を尊重すべき理由など存在するだろうか。それは自らが代表したい利益を選ぶことであり、日本国憲法が採っているとされる国民主権(ナシオン主権)の立場に反するのではないか*2。立候補一般の自由は保護すべきであるとしても、自らの選出母体を選べることが憲法上の保護に値する自由であるかどうか、甚だ疑問である。


以上の検討の次第から、私は世襲制限が憲法上の権利を制限するから政策として「筋が悪い」とは思わない*3。しかしながら、それは単に憲法上の障害を理由とした世襲制限批判には与しないというだけのことで、世襲制限立法に賛成しているわけではない。実際のところ、世襲を制限したからといって、政治家の質が高まったり、より多元的な価値の反映が可能になったりすることが期待できるかと言えば、疑問が大きい。政党が内規によって世襲候補を公認しないと決めることは構わないと思うが、法律として世襲候補の出馬に制限を加えるのは、あまり好ましい方法ではないと思う。少なくとも、同じ政策目的を実現するためなら、その前に行うべき手段は幾らでもあるはずだろう。

主体の合理性を仮定すれば、世襲候補が有力政党に公認されるのは彼が最も当選可能性が高いと判断されたからであり、当選可能性が高いということは有権者が彼を最も議員に相応しい候補だと判断するだろうということである。ならば、そこで本来問題とすべきは世襲候補が有利になり易い選挙制度や選出過程、世襲候補を選び出す選出母体などであって、候補者自身の属性ではない。当たり前のことではあるが、やはり世襲はあくまでも結果なのである。国会や政党に占める世襲議員の割合など、結果だけに着目し、その結果をコントロールするために、候補者の属性に直接縛りをかけようとする。世襲制限が政策として「筋が悪い」とすれば、かくのごとき安易な目的と手段ゆえにこそ、そう見做されるべきであろう*4


*1併せて参照。なお、本文リンク先で結論とされている「世襲が有利にならない選挙制度をつくる」べきだとの主張自体は至極尤もである。


*3:そもそも政策とは誰かの権利を制限するものであり、政策の筋の良し悪しはそんなことで決まるわけではない。

*4:同じことは高齢制限や多選制限についても言えるし、部分的にはジェンダーバランスをはじめとするポジティブアクションについても言える。


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