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Tuesday, December 22, 2015

御礼: 友澤 [2015]


著者の友澤さんから頂戴しました.ありがとうございます.

友澤さんにはサステイナビリティ研究所でお世話になっています.

最近あるところで話した際,「拒絶する主体」という言葉を否定的な響きをもって使った身としては,「拒絶することの創造性」という魅力的な捉え方に興味をそそられました.


  • 友澤悠季 [2015] 「「公害反対運動」の再検討――拒絶することの創造性に着目して」『同時代史研究』8: 18-34.
    • I 本稿の課題
    • II 「公害」と「公害反対運動」をめぐる史的前提
      • 1 高度成長は「公害」を前提とした
      • 2 「公害反対運動」への社会的な期待
      • 3 「公害反対運動」をめぐる資料状況と課題
    • III 運動の動機とそのゆくえ――地域で生きること
      • 1 「百年公害」を断ち切る挑戦――「渡良瀬川鉱毒根絶太田期成同盟会」の運動
        • (1)初期の運動と世論の盛衰
        • (2)毛利田での被害と運動の再燃
        • (3)カドミウムの検出と調停申請
        • (4)「鉱毒根絶はこれから始まる」
        • (5)伝える相手の変化
      • 2 不安と信頼をめぐる葛藤――原発立地町での原発反対運動
        • (1)「公害対策」から外された放射性物質と原発反対運動
        • (2)福島県沿岸での「公害」と「原子力」
        • (3)「原子力の危険性」を理解してもらう困難
        • (4)不安と信頼との葛藤
      • 3 「美しい郷土」の原風景――広田湾埋め立て開発反対運動が守ろうとしたもの
        • (1)岩手県陸前高田市に訪れた「地域開発」の契機と異議申し立て
        • (2)市民の多様な反応
        • (3)続けられた地域開発の議論
        • (4)「何十年、何百年」という時間への出発
    • IV 拒絶することの創造性――「される側」の論理から
      • 1 「される側」からの出発
      • 2 拒絶することが生み出す創造性

Monday, September 21, 2015

御礼: 山崎 (編) [2015]



編者である山崎望先生より,ご恵送たまわりました.ありがとうございます.

本書は,ヘイトスピーチデモを前にした編者の「何か大きく異なるものが眼前に現れている、という衝撃」をもとに,「従来のナショナリズムにはない何かが「ある」、もしくは「欠けている」」,新たな形態としての「奇妙なナショナリズム」を,政治学者・社会学者が多角的に分析した論文集となっています(「おわりに」より).

山崎先生は序論,8章および「おわりに」を執筆されています.また,研究会などでたびたびお世話になっている清原悠さんが2章を執筆されています.


  • 目次
    • 序論 奇妙なナショナリズム?(山崎望) [1]
    • 第1章 ネット右翼とは何か(伊藤昌亮) [29]
    • 第2章 歴史修正主義の台頭と排外主義の連接――読売新聞における「歴史認識」言説の検討(清原悠) [69]
    • 第3章 社会運動の変容と新たな「戦略」――カウンター運動の可能性(富永京子) [113]
    • 第4章 欧州における右翼ポピュリスト政党の台頭(古賀光生) [139]
    • 第5章 制度化されたナショナリズム――オーストリア多文化主義の新自由主義的転回(塩原良和) [165]
    • 第6章 ナショナリズム批判と立場性――「マジョリティとして」と「日本人として」の狭間で(明戸隆浩) [197]
    • 第7章 日本の保守主義――その思想と系譜(五野井郁夫) [233]
    • 第8章 「奇妙なナショナリズム」と民主主義――「政治的なもの」の変容(山崎望) [277]
    • おわりに(山崎望) [305]


序論では,既存のナショナリズムの類型が整理された上で,本書の分析対象となる現代ナショナリズムの「奇妙さ」が複数提示されています.とりわけ,「少数派ではなく、マジョリティこそがむしろ様々な層における「被害者」(もしくは潜在的な被害者)」としての自己定義をするようになっているという指摘(12頁)には,大変興味をそそられるところです.

また8章では,奇妙なナショナリズムへの対応にあたっての困難を乗り越える可能性が「民主主義の複線化」という視角から示されており,強く共感するとともに,同じくデモクラシー理論を研究する者として取り組むべき課題を再認識させて頂くことができました.

まだ全部を読めているわけではないのですが,理論と現実,思想と運動,過去と現在,日本と海外,さまざまな面からナショナリズムの変容が検証されているという意味で,繰り返し参照されるべき重要な一冊かと思います.じっくりと味読させて頂きます.

Thursday, April 10, 2014

御礼: 清原 [2013]; 清原 [2014]


著者の清原さんにお送り頂いておりました.どうもありがとうございます.

いつもながら鮮やかな分析かと思います.

  • 清原悠 [2013] 「住民運動の地政学的分析」『社会学評論』64(2): 205-223.
    • 1 問題の所在
      • 1. 1 住民運動における地域,住民,運動の意味――当事者概念としての住民運動
      • 1. 2 分析視角――地政学的分析の方法論的位置づけ
      • 1. 3 政治資源/主体としての住民運動とその捻じれ――事例としての横浜新貨物線反対運動
    • 2 横浜新貨物線反対運動と横浜の都市空間
      • 2. 1 横浜新貨物線反対運動の発生と革新自治体との関係
      • 2. 2 横浜の人口増加
      • 2. 3 横浜の宅地開発状況――丘陵地における大規模団地開発とその問題
    • 3 横浜の政治地図
      • 3. 1 飛鳥田横浜市長の誕生
      • 3. 2 革新市政と政治的資源としての「住民運動」
      • 3. 3 横浜新貨物線反対運動の地政学――革新勢力の地域形成を支えた保土ヶ谷区と港北区・神奈川区の条件の差異
    • 4 住民運動の換骨奪胎――住民運動の「父」=飛鳥田/「鬼っ子」=横浜新貨物線反対運動
    • 5 結論

  • 清原悠 [2014. 2] 「〈私的な公共圏〉における政治性のパラドックス――女性団体・草の実会における書く実践を事例に」『ジェンダー研究』16: 79-114.
    • 1 問題の所在――女性が「書く」ことの意味
    • 2 書くことについての先行研究
      • 2. 1 書くことによる解放――綴り・まじわる文化/語り・まじわる文化
      • 2. 2 戦後における書くことの隆盛――モラルの焦土から世界の再創造へ
    • 3 〈書く共同体〉の位相――歴史的文脈と組織論の観点
      • 3. 1 複数性を重視する草の実会――草の実会の会員層
      • 3. 2 活動の基本となる地域グループと連合体としての草の実会
    • 4 媒介としての『草の実』――匿名性・公開性・技法
      • 4. 1 『草の実』における2種類の匿名性――外部に対する名前の見えなさ/内部における顔の見えなさ
      • 4. 2 『草の実』における読む工夫――知らない他者の私的な綴りを読む技法
      • 4. 3 公開性=親密性の演出――〈不特定他者への綴り/特定他者への応答〉の非対称性
    • 5 私的な公共圏の形成――誌上と対面の循環関係が作りだすジェンダー・ポリティクス
      • 5. 1 我が家の赤字家計を語る女性達――「話し合い」と「実行」を媒介する「研究」
      • 5. 2 誌上(書く事)と対面(話すこと)の循環関係
      • 5. 3 書く実践=読む実践が生み出す〈私的な公共圏〉のジェンダー・ポリティクス
    • 6 〈私的な公共圏〉における政治への回路――団体/個人の政治的自由の両立可能性
      • 6. 1 おしゃべりから政治行動へ――会員の意識、コミュニケーションの蓄積、勤務評定問題
      • 6. 2 草の実会/草の実会員の位相――勤務評定問題における決議拒否と署名の論理
      • 6. 3 〈私的な公共圏〉における政治のパラドックスと脱パラドクス化戦略
    • 7 結論

Friday, June 28, 2013

政治と理論研究会 第11回


下記の要領で研究会(読書会)を開催致します※終了しました.

参加希望の方は,kihamu[at]gmail.com まで予めご連絡下さい.



  • 要領
    • 日時:7月27日(土)15時開始
    • テーマ:「社会的なもの」をめぐって
    • サブテキスト(併読推奨文献):
      • ロザンヴァロン, ピエール [1995=2006] 『連帯の新たなる哲学――福祉国家再考』北垣徹 (訳), 勁草書房.


      • カステル, ロベール [1995=2012] 『社会問題の変容――賃金労働の年代記』前川真行 (訳), ナカニシヤ出版.


      • ドンズロ, ジャック [2006=2012] 『都市が壊れるとき――郊外の危機に対応できるのはどのような政治か』宇城輝人 (訳), 人文書院.


      • 市野川容孝 [2008] 『社会』岩波書店(思考のフロンティア).


      • 山森亮 [2009] 『ベーシック・インカム入門――無条件給付の基本所得を考える』光文社(光文社新書).


      • 濱口桂一郎 [2009] 『新しい労働社会――雇用システムの再構築へ』岩波書店(岩波新書).


      • 市野川容孝 [2012] 『社会学』岩波書店(ヒューマニティーズ).




※追記(7/11): 教室情報等を掲載しました.

Monday, May 20, 2013

御礼: 清原 [2012]





著者の清原さんから頂戴しておりました.ありがとうございます.

「生活と運動の一体化」を扱ったご論文で,政治学の観点からも興味深く読めるものと思います.

清原さんにはいつもお世話になっておりますので,少しずつでも負債を返していけるよう頑張ります.

Monday, May 13, 2013

掲載・公開告知: 「日本社会の分岐点――政権交代後、震災後の政治をめぐって」



  • 源島穣/西村理/松尾隆佑 [2013. 3] 「日本社会の分岐点――政権交代後、震災後の政治をめぐって」『政治をめぐって』(32): 53-98.


司会を務めた座談会が,院生による専攻誌『政治をめぐって』(法政大学大学院政治学研究科政治学専攻委員会)に掲載されました.専攻委員会のHPから読むことができます.なお,今号は私が編集責任者を務めております.

座談会の内容は政権交代後から2012年11月末までの日本社会の状況を振り返るもので,その時点での「記録」の一種として見て頂ければと思います.その後半年の状況を補完する意味もあり,5月18日に検討会を開催することになりましたので,奮ってご参加下さい.

なお,同号には拙書評も掲載されており,こちらも近日中に公開される予定です.その際には改めて告知致します.


  • 抜粋
 松尾 最近出版された民主党の研究書では、民主党を「資源制約型政党」と捉えています(上神/堤 2011)。自民党一党優位体制下で野党であり続けた以上、政府と結びつくことで利用可能な資源へのアクセスが困難なのは当たり前ですが、無党派層が増えていく状況では、社会から資源を調達することも難しくなってしまったと。つまり人々が政党と恒常的結びつきを持たなくなるわけですから、党費や投票、選挙応援といった形の協力を得にくくなる。さらに、政権を奪ったあとも、利益誘導政治への批判や財政制約などに直面して、国家資源を党派的に利用することはもはやしにくくなっていたと。
 斉藤淳さんの言葉で言えば、「エコヒイキ」(=利益誘導)はもうできないけれども、バラマキは叩かれる(斉藤 2010)。目玉政策だった子ども手当もあまり支持を集めず、譲歩を余儀なくされました。特に財政制約ということが強く意識されるなかで、経済成長でパイを増やすということにはあまり期待できないし、小さくなっていくパイをどう分けるか、また、負担や不利益をどう引き受けてもらうかということが課題になっていかざるをえない。「不利益分配」ということを真剣に考えなければならない(高瀬 2006)、社会全体が資源制約型の社会になってきてしまっているような状況があります。統治の主題そのものがNIMBY(Not in my back yard)問題の解決に近づいてきているとも言えるかもしれません。源島さんが言われたような、財政制約のような客観的状況は政権交代をしても変えられるものではないという認識は、一見当たり前のようですが決定的に重要です。
 湯浅さんは、現在の日本政治に対して当事者意識を持たずに非難を浴びせる人々の姿を、「アイロニカルな政治主義」という言葉で表現しています(湯浅 2012a)。つまり、自分自身が政治の当事者であるという自覚がないまま、政治がだらしないのは政治家や官僚、マスコミが悪いからだと一方的に帰責して、「言いっ放し」で終わってしまいがちになる。「決められない政治」へのフラストレーションを、強いリーダーが快刀乱麻に解決してくれることを望んでしまう。そこでは複雑でシビアな調整と妥協を伴う政治そのものの難しさは認識されず、誰かがバカだったり怠けていたり、逆にずる賢かったりするから、今の政治はダメなんだということになります。そういう人たちは一見政治に対する関心が強いようなんだけれども、実は政治嫌いのシニシズムと親和性が強いのだと、湯浅さんは言います。自分自身を政治のアウトサイダー、要するに「お客さん」だと捉えているわけです。これは未組織・無党派の都市民の層が厚くなっていることの帰結でもあるわけですが、あくまでも政治システムの消費者にとどまろうとするから、その言説は不満と批判がベースで、政権を支えてよりマシにしていこうとするモードになりません。こういう環境のなかで議会政治なり、政権運営なりをしていくというのは、かなりの困難があると思います。
[…]
 松尾 デモと党という話をしてきましたが、これは民主党政権を囲んだ社会の姿とそのまま連続しています。言うまでもなく、「ふつうの人」は、何の特性もない無色透明・不偏中立の人々ではありません。それぞれに特性があり、自分なりに政治的志向性や意見・立場を持つか持とうとしている、一個一個の人間です。新しいデモの「新しさ」を強調するために、未組織であるとか無党派であるなどといった中心的参加者の属性を指して「ふつうの」と形容することは、それ自体がサイレントマジョリティ(「99%」)を背に負おうとする、極めて政治的な物言いです。それにもかかわらず、こうした言説は「ふつうの人」こそが政治的に不偏中立で、正常で、健全であるかのような印象を身にまとうことで、それ以外の人々は偏っていて、異常で、不健全であるかのようなイメージ操作を、隠れたメッセージとして含んでいます。自らの党派性を引き受けずに、「ふつう」であることを恃みにして「特殊」な敵を攻撃しようとする、政治的言説です。
 すなわち、ここでもアイロニカルな政治主義やシニシズム、つまり政治を自らのものとして引き受けることの拒絶という問題が横たわっています。デモは社会を変えられるかという議論は今も盛んですが、デモを社会変革の力にしていくためには、仮にアドホックなものとして位置づけるにせよ、人々に何らかの形で自らの党派性を引き受けさせる必要があるのではないでしょうか。
 新しいデモの非暴力性を強調する五野井さんのようなストーリーでは、日本のデモは60年安保の当初は市民中心の非暴力的な性質を持っていて、図で言えば〈遊び〉の象限にあったんだけれども、樺美智子の死を転機に新聞各社が転向すると運動に暴力的というラベリングが行われて〈災害〉の象限へ転落し、全共闘による暴力イメージの定着を経て〈労働〉象限の退屈なデモへと落ち着いたことになります。その歴史認識からすれば、今のデモは〈労働〉から〈遊び〉なり〈儀式〉なりの象限へ再びデモの価値を上昇させる転機になったという意味づけができる。しかし、これは小熊英二さんの議論についても言えることかもしれませんが(小熊 2012)、日本の社会運動を60年安保や全共闘運動だけで語るとしたら、随分狭いところで議論をしているという印象が拭えません。
 もちろん彼らは反戦平和運動や沖縄の問題、水俣病などについても言及していますし、そこまで単純ではありませんが、全体としては過去が暗い時代として描かれている印象を受ける。そこからは、たとえば女性運動や障碍者運動などがどれほどの達成を果たしてきたのかは見えてきません。これまでの運動がダメで今の運動はいいという安易なストーリーに堕さないためには、過去の社会運動がどのくらい社会を変えてきたのかということを、冷静に見積もる必要があります。言い方を換えると、今の私たちの「ふつうの」暮らしが、いかに過去の党派的な運動の数々によって築かれてきたかという歴史を学ばなければならない。
[…] 
 松尾 党派性、あるいは当事者性と言い換えてもいいのかもしれませんが、そういう性質が「苦役」、つまり強いられた運動にはより明確に現われているのでしょうね。運動の拡がりは出にくいかもしれませんが、その切迫さが何らかの回路で社会一般の状況と結びつけば、人を惹きつける可能性もあります。
 そもそも、運動が必ず拡がりを持たなければならないものかと言えば疑問です。あらゆる運動に社会一般へのアピールを通じた成功を追求させることは、あらゆる地域に創意工夫による経済的自立を求める態度と似ています。社会を変えるためには自分が変わらなければならない、まず自分から動かなければならない、といった自己啓発的主張も同じところに発します(小熊 2012)。しかし、私たちがどこに生活しているかによって関心を違えるような主体であるとすれば、無数の「当事者」が変わらないままで政治的発言権を持ちうるような回路を考えるべきではないでしょうか。
 左派的立場を採る人は、多様な差異を持つ人々が差異を保ったまま「大同団結」して「支配層」に対抗するような成功イメージを描きがちです。私はそうした戦略を「良いポピュリズム」論と呼んでいますが、同じポピュリズムである以上、一時成功したとしても、安定性・持続性は期待できません。戦術レベルでポピュリズムを利用することまでを否定しようとは思いませんが、少なくとも私は、浮動する政治状況を許したままで「上手くやろう」とする技術論よりも、割拠するいくつもの党派のそれぞれに社会への利害伝達回路が確保されるような制度論を考えたい。
[…] 
 松尾 切迫さということで言うと、「ふつう」であることを恃みにする言説とは逆に、当事者性に基づかない運動や政治参加を批判する立場も見られますね。たとえば福島原発周辺の地域社会を研究してきた開沼博さんは、震災後に盛り上がっている脱原発運動を原発立地自治体などの「現場」を知らない人々が自分勝手に騒いでいるだけだと切り捨てていますし(開沼 2012a; 開沼 2012b)、東さんもツイッターなどで、官邸前デモは切実な当事者性を持たない人々がシングル・イシューで集まっていると否定的に評価しています。これらの言説は一種のポピュリズム批判であるわけですが、裏を返せば「よく知らないことには口を出すな」と言っているようにも読める。しかし、それはこれまで「原子力ムラ」を温存してきた専門家にお任せの態度と似通ったものではないでしょうか。
 当事者性を狭く解しすぎることが問題を生む要因の1つなのだと思います。風や雨を通じて拡散する放射性物質による汚染は、原発立地自治体に限らないあちらこちらに「現場」を生むわけですから、当事者がどこにいるのかということは予断できません。中国や韓国の原発が爆発したとき、日本海沿岸の住民が自分には関係のないことだと考えるでしょうか。加えて、そもそも放射能の危険性を知らなければ、たとえ原発のすぐそばに住んでいても自分が当事者だとは思わないかもしれません。それは極端な例ですが、人は自らの当事者性を十分に知っているとは限りませんし、まして他人の当事者性を決めつけることはできません。人が何に切実な利害関心を持っているかということを他人が決めつけるのは、それこそ勝手な口出しではないでしょうか。


*追記: 発言部分の抜粋を掲載しました(5/15).

Thursday, April 21, 2011

差別はなぜ許されないか――区別との区別


「風評被害」の虚飾の下に、差別が拡がっています。差別は昨日今日、生まれたのではありません。レイシズムもセクシズムも、宗教差別も出生地差別も、疾病・障害や能力その他の特徴による差別も、過去から現在まで一貫して存在しているものです。起きたことは、新たな材料が手渡されたというだけです。この事態に私たちができることは、「差別はよくない」とお題目を唱え、お説教をぶつぐらいしかないのでしょうか。



人は差別をするものです。そして多くの人は、自分が差別をしていることを認めたがりません。非難を避けるためには、「これは差別ではなく区別である」などと主張されることがあります。不当な別ではない、と言いたいわけです。

辞書的な意味を言えば、複数の対象をそれぞれ違うものとして分けることが、「区別」と呼ばれます。そして、それら異なるものの間で取り扱いに差を付けること、特に一方をとりわけ不利に扱うような類の差を付けることが、「差別」と呼ばれるようです。

この意味の違いは、曖昧極まりないものです。違うものとして区別をすれば、それは当然に扱いの差を生むでしょう。すると、区別と差別は切り離せないものになってしまいます。しかし、5歳児を相手にする時と成人を相手にする時、どちらも同じ話題や話し方で対しなければ差別になる、と考える人はいないでしょう。区別と差別の違いは確かに存在するように思えます。おそらくポイントは、区別が導く「差」の内容です。

それから他方で、差別であれば全て許されないものなのかどうかも、省みるべき問題です。愛は差別ではないのでしょうか。愛する人に優しく接し、それ以外の他人よりも有利な取り扱いを為そうとすることは、多くの人が許容する自然な行為ではないでしょうか。もちろん、状況によってはそれが許されない(好ましく思われない)こともありますが、明らかな差別でも、それがむしろ微笑ましいものとして受け取られる場合(例えば親バカ)は存在するのです。

同じことをもう少し明確にするため、人と動物の差別的取り扱いを考えてもよいでしょう。人に認められている権利を他の動物に認めないことは、明らかな差別です。しかしその差別は、(道徳的に許されるかどうかは別にして)社会的に許容されています。「していい」差別なのです。少なくとも、許容されない「不当な」差別ではない。すなわち、こちらの問題のポイントは、差別には不当なものとそうでないものがある、ということのようです。


2つのポイントについて、考えを深めるため、法哲学者のR. ドゥオーキンの議論を導入してみたいと思います。ドゥオーキンは、「平等の処遇(equal treatment)」と、「平等な者として処遇されること(treatment as an equal)」とを、分けて考えます*1。そして、市民の基本的な権利は後者にあり、前者は派生的な権利であると言うのです。

派生的とされる「平等の処遇」とは、「ある種の機会や資産や負担を平等に分配される権利」を意味します。それに対して、より基本的とされる「平等な者として処遇されること」は、「他のすべての人々に対すると同様の尊重と配慮をもって処遇される権利」のことです。5歳児と成人は同じ人間として「同様の尊重と配慮」を傾けられますが、個別に配分される「機会」や「負担」、つまり権利と義務は同じではありません。そして、認められる権利や課せられる義務の個別内容が異なるからといって、それが子どもと成人の基本的に対等な関係を否定するものでないことは、多くの人が認める通りです。


この議論を介すると、区別と差別の違いをどこに見るべきかは、より明確になるのではないでしょうか。子どもと成人を区別して、個別の権利・義務の内容(取り扱い)に差を設けることが、「平等な者として処遇されること」に反しないように、差別に陥らない区別はあり得ると考えるべきでしょう。根本的な差を設けず、対象それぞれの諸特質に合わせた形で(A. センに倣って言うなら、capabilityを最大限にするように意図して)処遇に差を設けることは、差別とは分けて考えてよいのではないか。

そして同じ議論によって、差別の意味も明らかにすることができます。すなわち、複数の対象を「平等な者として処遇」しないこと、それぞれに「同様の尊重と配慮」を与えないことが、差別なのです。動物は市民と「平等の処遇」を与えられないだけでなく、「平等な者」とも認められません。

差別が不当であるか否かは、差別される対象間の共通性がどの程度大きく・重要であるかについての感覚ないし合意と、差別が行われる状況にどの程度の公的性格が伴うかの、2つの基準によって概ね左右されるでしょう。前者については、虫よりも哺乳類の権利を云々する人が多いことから、明らかです。後者は、全く個人的な財産から拠出して分配する場合と企業や政府が支出するケースとで、どちらにより偏りが許されるかの比較を通じて、容易に推測されます。


以上のように考えると、(不当な)差別がなぜ許されないのかは明らかです。社会が許さないと決めているからです。たとえ建前であろうと、現代社会は全ての人々を「平等な者として処遇」することを決めています(国民か外国人かによる差は、「平等の処遇」の水準の差に過ぎません)。差別は「平等な者として処遇される」権利を侵害するものであり、社会に対する挑戦です。人が差別を差別と認めないのは、社会に対する挑戦意図を隠匿するためなのです。

社会が個人や様々な下位集団から成り立つものである以上、差別を差別と認めない/名指さない暗黙の反抗によって、「平等な者として処遇される」権利についての合意は内部から食い破られ、スカスカの空洞になってしまいます。それは、自らの盾ともなり得る権利を使えなくしてしまうことでもあります。

それでも、人は差別を止めないでしょう。ですから、根本的に必要なのは、ただ社会の意志だけです。差別が「よい」か「よくない」かは重要ではありません。前提として、ある「平等な者」の範囲が存在するなら、社会は端的に差別を「許さない」。必要なのはこの意志だけです。範囲への疑義の形を採らない、この意志への反抗(それが意識的であるか否かは問題ではありません)は全て、反社会的な挑戦を意味しており、そしてその挑戦の成否は、社会の意志がどこまで貫徹されるかにかかっています。



*1:『権利論』増補版、木下毅ほか(訳)、木鐸社、2003年、304-305頁。


Thursday, January 13, 2011

デモクラシーを可能にする「オウム的なもの」――森達也『A3』から



オウム側の視点から日本社会を映した『A』『A2』の監督・著者による、『月刊PLAYBOY』連載(2005年2月号~2007年10月号)に基づく単行本化。今回の「A」は明確に「麻原」の「A」であるとして、2004年2月に一審判決が下り、2006年3月に高裁が控訴棄却、同年9月に最高裁が特別抗告を棄却して死刑が確定した麻原彰晃氏の裁判(2010年9月に再審を求める特別抗告を最高裁が棄却)と並走しながら、彼の実像に焦点を当てて書かれている。

教祖の生い立ち、家族、人となり、宗教家としての実際、法廷および拘置所での姿、教団の形成過程、教義の解釈と変遷、教祖と信者・幹部との関係、警察・検察・裁判所を含む社会の側の反応など。多方面への取材に基づき、未だに謎が多いオウム真理教と関係する諸事件について多彩な考察が展開される。

連載物ゆえの重複する記述が多く、著者の言論に親しんでいる読者にとってはお馴染みと言える論理展開(オウム事件後の日本社会は危機管理意識が云々など)の反復は、内容的にも冗長さを感じさせる。だが、麻原氏が水俣病患者であった可能性(一次的には藤原新也氏の指摘)をはじめとする興味深い情報を豊富に含んでおり、著者特有の主観的描写の巧みさもあって、500頁超の厚みを読み通すのに苦は感じさせない。広く読まれるに値するだろう。


だが、今更オウムでもあるまい、と思う人もいるかもしれない。元教祖についてのみ言えば、残すは彼を吊るすだけのところまで、私たちは来た。今、この時点での日本社会にとって、オウムとは何だろう。連載分最後の章で著者は、旧上九一色村を再訪して教団の施設群が置かれていた土地を踏んだ際の情景を、次のように描いている(481-483頁)。


 細い道を一〇〇メートルほど上ったあたりで、僕はもう一度車から降りた。十一年前、ここには大勢の警察官と機動隊とメディア関係者が集まっていた。そして敷地をもう少し中に入れば、百人以上のオウム信者が生活するサティアン群があった。

 でも今は何もない。一面の草原だ。腰ほどの高さの草の中をしばらく歩き回る。コンクリートの基礎とか、信者がうっかり忘れていった何らかの生活の残滓とか、そんな欠片を探し回る。でも何もない。足もとからは小さなバッタが跳ねるばかりだ。

(中略)

 施設の取り壊しはサリン事件の翌年に始まっていた。麻原を含めて逮捕されたほとんどの信者たちの裁判が、やっと始まったばかりの時期だ。サリンプラントも含めて最大の証拠物件のはずなのに、まるで当たり前のようにユンボやブルドーザーによって建造物はすべて取り壊され、欠片も残らずショベルカーで撤去された。人が近隣に居住しているようなエリアではない。残しておいても別に当面の問題はないはずだ。でも当時は、(僕も含めて)誰もこれを不思議には思わなかった。当然のことと思っていた。

 破産管財人が跡地の売却を急いだという理由はあったかもしれない。でも仮にそうであっても、少なくとも裁判が終わるまでは、現場の保全が優先される方が自然なはずだ。

 戦後最大で最凶の事件。当時の新聞や雑誌の見出しには、このフレーズが何度も踊っていた。仮に日本社会にとって悪夢の記憶なら、なおのことそれを抹消すべきではない。アウシュヴィッツやビルケナウのホロコースト収容所は今も残されていて、大勢の人が記憶を刻むために訪れている。クメール・ルージュが政治犯を捉えて拷問や虐殺を繰り返した施設も、当時のままに残されて博物館となっている。原爆の直撃を受けた広島県産業奨励館は原爆ドームとなって、核兵器の悲惨さを訴え続けている。でもオウムには何もない。ここには誰も来ない。来たってもう、何がどこにあったのかもわからない。

(中略)

 上九一色にはオウムはない。見事にない。まるで揮発してしまったかのように、きれいさっぱり消滅している。削除されている。


上九一色になければどこにもない。…と言いたいところだが、実際には未だ逃亡中の信者や被害者への賠償問題、現・アーレフと地域社会との摩擦など、様々な形でオウムはこの社会の中に残っている。しかしそれらは、その内に解決ないし根絶され、消し去られるべきものとして残っているに過ぎない。被害の記憶は忘れられないとしても、オウムの存在やその痕跡はきれいさっぱり消去することが目指されており、いつか忘れられようとしている。上九一色の草原は、その象徴にほかならない。

オウムの存在がホロコーストやクメール・ルージュ、原爆などと同様の記憶化を拒まれているのは、それによってもたらされた被害が社会によって共有されるべきものとは考えられていないからである。オウムが引き起こした凶事は、あるいはテロであり、可能性においては内乱であったかもしれないが、いずれにせよ犯罪であるに過ぎない。政治権力を掌握して行われた殺戮ではないという意味で、それは政治社会の集合的な悔悟や慰撫(を通じた統合)を媒介するモニュメントの建設を必要とさせない。オウムはあくまでもテロリスト(ですらない狂信的集団)として、すなわち断固として粉砕すべき「敵」として、政治社会の外へと放逐可能な存在なのである。


そのような「敵」を粉砕した後に残るのは、同様の秩序危機を予防するための管理体制だけでよく、オウムに対しては誰もが一方的な被害者であると考えられている以上、社会が忌まわしい事件そのものを記憶し続ける理由などは存在しない。「あれだけの人が殺されたのに、いつまで裁判をやっているのか」などという声が強まったのは、この意味で自然である。ほとんどの人々にとって、「早く吊るして終わりにしよう」こそが共通理解であり、求められているのは記憶ではなく忘却なのだ。近代的な見識は、被害者が多いほど事件の複雑さが増し、裁判は長期化することを教えてくれる。なるほど、社会秩序を維持するために罪を裁こうとする際も、対象が社会の構成員たる市民である限り、刑罰権力の行使には慎重であらねばならない。だが、対象が社会の外に位置する「敵」であれば?

むろん、オウム事件の裁判においても、基本的には近代的司法の常道に則って審理が進められてきただろう。しかしながら、「戦後最大で最凶の事件」を引き起こした集団とその首魁に対しては、「例外」的な対応を求める声が極めて強く、また現実に統治機構の側が為した対応にも、こうした要請から影響された部分が小さくなかった(その一端は本書で描かれる裁判過程に見られる)。全てが「例外」的に対処されたわけではないとしても、オウムは「例外」が許容され得る存在として把握された。そして以後、そうした「オウム的なもの」の存在は、社会の側にハッキリと了解されるようになったのである。


「例外」は権力の温床である。どこで「例外」を適用してよいかは、権力が決める。「例外」の発動は「法外」な、つまり抑制から解放された途方もない権力の行使をもたらしかねない。そして「例外」の承認は前例となり、事後に権力の拡張を許す。政治社会がその外に「敵」を持たねばならないことは、否定されるべきではない。だが、例えば「オウム的なもの」が私たちの「敵」たり得るとしても、それに対する「例外」的対処はどのような場合にどこまで認められてよいのか、あるいは「オウム的なもの」は全然私たちの「敵」と言うべきほどの存在ではなく通例に沿って対処されるべきなのかは、デモクラシーを採る政治社会において、人々の共通の関心事として討議の的になって然るべきである。

もし私たちの政治社会がデモクラシーを採らず、統治権力が私たちのものでないなら、「敵」への関心が社会一般の人々にまで共有される必要はないだろう。統合の外部へと吐き出されることで政治社会の構成を可能にする「敵」の存在は、あくまでも政治社会を構成・維持しようとする統治権力者にとっての関心事であり、ただ統治されるばかりの者には無縁の事柄であるから。デモクラシーにとって、統治権力を担う「われわれ」が誰であり、その外に誰/何を排するのかは、決して避けられない根本問題であり、「敵」は私たち自身の手で粉砕――お好みなら絞首――しなければならない。

私たちがオウムを忘れたがっており、「オウム的なもの」と向き合い続けることを拒むとするなら、それは「例外」を適用すべき「敵」、つまり政治社会の構成を条件付ける外部について考えることを避け、「われわれ」の構成を統治機構に丸投げしようとしていることにほかならない。「オウム的なもの」の忘却は、デモクラシーへの、あるいは私たち自身への等閑視を意味するのである。


参考


Monday, December 13, 2010

ステークホルダーの両義性――あるいは政治主体としてのステークホルダーについて


数ヶ月前に私は、「ステークホルダー・デモクラシーの可能性」なる文章を公表しました。十分だったかどうかは分かりませんが、そこでは、経営学でのstakeholder theoryの文脈を押さえつつ、stakeとstakeholderの語源・語義を簡単に整理して、「公共化された利害関係者」としてのstakeholder概念のニュアンスを明らかにしたつもりです。

その際の意識は主に、「ステークホルダー」なる新奇な言葉を使うことに懐疑的な人への説明にあったのですが、その後、事業仕分けを巡る議論などを眺めていると、むしろステークホルダー論を積極的に振り回すようなタイプの人々にある種の怖さを覚えるようになりました


stakeholder theoryは元々、企業の活動から影響を受け、企業に対して重大な利害を有しながら、意思決定への影響力を持ち得ない主体を再定義する所から出発しました。stakeholderはstockholderと対比される形で概念化されましたが、その内部に株主を含んでいます。したがって、ステークホルダー論は本来、単に組織や集団がその外部に広がる社会への応答性を高めねばならないというだけの話ではなく、組織・集団の内外を問わず、重大な利害関係を有する主体を決定過程に包摂し、内部化すべきであるとの主張を含んでいます。そこで包摂すべき主体として概念化されたのが、「ステークホルダー」です。

ステークホルダーが決定過程に内部化されるべき主体であるということは、決定はステークホルダーに委ねられる、ということです。つまりステークホルダー論には、(1)組織・集団の社会への応答性を高めると同時に、(2)その社会から区切られた特定のステークホルダーには特別の地位や権限を認める、という二重の含意が最初から伴っています。もちろん、その特別性は、決定過程を担うべき主たるステークホルダーの外部に拡がる、周縁的なステークホルダーとしての社会への応答性に担保されなければなりません。しかし、それでも基本的には、ステークホルダーと認識される主体には自律的な地位が与えられて然るべきなのです。

ところが、組織・集団の社会的責任を問う文脈でステークホルダー論が人口に膾炙するにつれ、特定の組織・団体に割り振られている特権・利権を社会の側が剥奪する(分捕り返す)、といった類の話へと矮小化・意味変換がなされつつあるのではないか。事業仕分けに象徴的なのですが、近頃そのような印象を覚えることが多いです。社会的責任や社会貢献といった言葉が、(財源問題をテコにしながら)薄く広い利害のために、濃く強い利害を持つ特定部分から何かを引っぺがしてくるために用いられるとすれば、それはステークホルダー論の逆用と言うべき事態であり、そのような誤解釈は避けられなければなりません。


事業仕分け的なものは評価が難しいのですが、少なくともそのポピュリスティックな部分というのは、過去の権力構造への反動として現れているもので、個別の事業に対して薄く弱い利害しか持たない「社会」や「国民」が従来の利益配分を蹴散らすことができるのは、権力構造の変容が、彼らにその権力をもたらしたからです。従来の偏りに対する批判が別方向への偏りを生むのは避け難い面があるとはいえ、ニーズ自体は変わらず存在しているのですから、分捕り返しへの執心は止めて、適切な利益配分を為し得る枠組みの構築を考えるべきでしょう。

権力は、集合的で匿名的な「国民」にあります。彼らは、何に対しても薄く弱い利害を持つ周縁的なステークホルダーとして存在します。しかし、その内部を貫いて共通する利害は「財源」などに限られており、利害に見合わない大きな権力が持て余されているように見えます。そうであるならば、その権力は、個別の単位や政策領域ごとにステークホルダーへと分割・移譲されるべきではないでしょうか。ステークホルダー論は、既存の権利義務関係に限られない利害関係の実態に即して、決定過程を再解釈へと開くものです。利害と権力の非対称性を問題にして、利害に応じた権力の配分を求めます。もしステークホルダー論を振りかざそうとするのなら、匿名的な「国民」が直接関与する段階を限定する方向へと舵を切るべきでしょう。


若干くどくなるかもしれませんが、もう少し大きな構図の中で話してみます。グローバルな相互依存を前提に、企業の経済活動が社会に大きなインパクトを与える可能性が大きくなるほど、その意思決定には企業市民としての公共的責任が伴うようになります。社会の多様化・複雑化と資源の制約性に伴って政府の統治能力が限界に直面し、従来のヒエラルキー型ガバメントから、ネットワーク型ガバナンスへの移行が語られる中で、企業やNGO・NPOなど、非政府的アクターが政府と共にガバナンスを担う主体と見なされるようになっています。すると、コーポレート・ガバナンスもまた、単なる私企業内部の統制に留まらず、ガバナンスを担い得る公共的アクター内部のガバナンスとして、(グローバル/リージョナル/ナショナル/ローカルなど)マルチレベル・ガバナンスの一層に位置付けられることになります。

つまり、企業に対するステークホルダー論というのは、社会内に拡散しているサブ政治を公共的なガバナンスの問題として捉え直す意味を元々持っている(少なくとも持ち得る)のです。企業に限った話ではありません。非政府的アクターがその外のガバナンスに対してステークホルダーとして参与するのと同時に、当の組織・集団におけるガバナンスにも、内外から多様なステークホルダーが関わるのでなければなりません。ステークホルダーとは、ガバナンスの主体なのです。政治主体としてのステークホルダー概念が、単なる狭い内輪的な利害関係者ではなく、「公共化された利害関係者」として捉えられなければならない理由は、ここにあります。

ステークホルダー論は、決定を濃く強いステークホルダーによる自律的な合意に基づかせるとともに、その外に薄く弱く広がるステークホルダー(社会)への応答性を備えねばならない、との二重性を抱えます。なぜ今その二重性が必要になったかと言えば、利害関係の分布が多様化・複雑化して、従来の利益集団のような利害の均質性を前提できなくなったからです。ガバナンスが対応すべきリスクは不確実であり、個別のイシューについて誰が利害関係を持ち得るのかは自明ではないため、ステークホルダーの範囲は既存の境界線やメンバーシップとの必然的結び付きを持ちません*1
労働組合の代表性の問題がよく採り上げられるところですが、ステークホルダーの概念化には、既存の利益代表を刷新して代表性を再構築しようとする意図が刻印されています*2。誰が決定すべきか自明でないから、その範囲を再定義するために境界線を一旦外へと開こうとするのですが、それは再び閉じるためです。ステークホルダーとは、開きながら閉じ、閉じながら開く概念なのです。それゆえ、ステークホルダー論を支持するのであれば、決定を担うべきステークホルダーに社会が信任を与えてあげなければなりません。社会への応答性要求は、この信任とセットでこそ論じられるべきものなのです。


*1:それゆえに、ステークホルダーを社会から区切るべく、既存のカテゴリに囚われない「ステークホルダー分析」が必要とされます。

*2:代表性の問いは、「ステークホルダー代表」の問題として再設定されることになります。


Tuesday, August 3, 2010

社会運動は日本を変えてこなかったか?


多少時宜を外した感が無きにしも非ずですが、西田亮介氏がシノドスブログに寄稿している「「あたらしい『新しい公共』円卓会議」は、市民運動を越えられるか?」(2010年7月5日)と題する記事について、少しコメントしたいと思います。

予め言っておきますと、私はこの記事では非常に重要な問題が扱われていると思いますし、その結論にも概ね賛成です。しかしながら、いかにひいき目に見ても、「「アマチュアリズム」とパトスに支えられた「社会運動」は、日本社会の変革に大きな実行力を持ちえなかった」との診断は、随分と大味で、容易に受け容れることはできないものです。たぶん、いささか狭義の――つまり昔ながらの大文字の――「政治」や、トータルにイメージされた――日本文化論と結び付きやすいような――社会の「構造的問題」などへの意識に引っ張られ過ぎたゆえの認識なのかな、という感じを抱きます。


「運動」は日本社会を大して変革してこなかったと言われますが、しかし戦後に限っても反証になりそうなものは幾つも思い浮かびます。公害問題によって激しく噴き出した運動は、行政や企業活動を変革しなかったでしょうか。その潮流は、現在の「エコ」かまびすしい社会の実現に貢献した環境運動と地続きなものです。昨年は消費者庁が新設されましたが、これは長きに渡る消費者運動における最近の成果ではないのでしょうか。女性運動はどうでしょう。男女共同参画がうたわれるようになった昨今ですが、これを実現したのが運動の成果ではないのなら、フェミニズムや「ジェンダー」はなぜあんなに叩かれるのでしょうか。

キリがないのでこの位で止めておきますが*1、少し省みれば解るように、様々な社会運動は現に日本の社会を変革してきましたし、それは政策や行政の変容とも深く結び付いています。そもそも「歴史を遡」って挙げられる事例が小泉改革と全共闘運動の2つだけである時点で既に疑問符が浮かばざるを得ないのですが、更に(少なくとも)その間にあったことを全てひっくるめ、議論の縮尺が全く異なる小熊英二氏と大嶽秀夫氏の著作を介することによって先の「診断」を引き出すのは、さすがに無茶です*2

西田氏が過去の運動に学ぶことの必要性を訴えている点は、素晴らしいと思い、共感します。ただ、そこで具体的にどのような運動が想定されており、何を学ぼうとしているのかは(当該の記事だけでは)よく解りませんし、そもそも先に指摘した無茶ゆえに、何を以て「失敗」と診断されているのかの根拠も判然としません。いささか意地悪な見方をすれば、何の説明も無く持ち込まれる「従来の「市民運動」的イデオロギー」なる言葉遣いからして、結局ステレオタイプ的に構成された「プロ市民」的イメージを前提とした目線で運動史をつまみ食いしているだけなのかな、という印象さえ抱いてしまいます。敢えて辛い言葉を選ぶなら、「社会運動」に対する認識が貧困なのではないか、ということです。


私は社会運動論や社会運動史などは門外漢ですが、簡単に整理してみます。例えば松浦正浩氏は、交渉と対比する形で、「自分の考え方や主張を、他人にも賛同してもらうことで、同じ利害関心を持つ人たちを増やそうとする活動」を「社会運動」と呼んでいます*3。松浦氏によれば、社会運動には「国民の大多数が同じ意見を持っている(であろう)ことを可視化することによって、政治家を動かしたり、新しい法律や政策をつくらせたりする圧力となっている」面があり、それがなければ、「国が解決すべき社会的問題」を市民社会の側から設定することは不可能になるとされます*4

関連で、mojimojiさんの以下の文章は重要なものですから、見ておきましょう。


社会制度は常に不完全であり、そこに取り残された人がいる。ゆえに、社会制度が頼れないところでも、(1)当面の生活を支えるための活動が必要であり、(2)その状況を変更して社会制度を作っていく活動が必要である。これら二つは、原理的に無報酬・持ち出しで負担する人がいなければ不可能な事柄である。ボランティアの本質は、今そこにないものを補充し作っていく活動であるという、活動内容における先駆性である。




松浦氏が「社会運動」と呼ぶものは、この(2)に対応していることが解るでしょう。つまり、社会内の何らかのニーズに対応しようとするボランタリーな活動が在るときに、そのニーズを直接に「支える」活動=(1)と、ニーズに応じて社会を「変える」活動=(2)とを分類することができて、後者は社会運動と呼ばれることが多い、ということです。もちろん、これはあり得る1つの整理ですから、「社会運動」の定義がこれに限られる、ということではありません。

フォーマルな政治過程では十分に利害が反映できず、ニーズへの対応が望めない場合に、政治システムへの異なる形でのインプットを可能にする代替的な利害反映回路として社会運動が存在する。まずは、そのように捉えてみましょう。その上で、運動が長期的に継続され、各種の運動団体がフォーマルな政治過程との一定の結び付き(ロビイングなど)を得て社会的に認知されるようになれば、運動は「制度」化されていくと考えられます。すると、社会を「変える」活動としての社会運動には、非制度的な段階に留まるものと、制度化されてセミ・フォーマルな回路を形作っていくものの2種類が在る、と見なせます。

いわゆる「プロ市民」批判的な社会運動観というものは、後者の制度化された運動ばかりに焦点を当てたものではないでしょうか*5。既に制度の一種に成り得たものばかりを見て「社会運動」と呼んでいるのであれば、それが社会を大きく変革しないように見えるのも当然です。「社会運動」なる言葉の意味付けは自由であり得ますが、それが私たちも現に享受している果実を不当に貶めるような意味で使われるのであれば、いかなる観点から見ても決して好ましいとは言えませんし、何よりも歴史に学ぼうとする姿勢が偽りであるということになってしまうでしょう。


人々を「支える」活動と社会を「変える」活動についての近年注目すべき動向は、企業の社会的責任(CSR)や社会的企業/起業の興隆でしょう。CSR一般は、社会制度の一部としての企業体が、その外部に取り残してきたニーズ(期待・要請)への対応を日常の事業活動プロセスそのものの中に組み込んでいこうとすることだと捉えられます*6。社会的企業/起業に至っては、より直接に、これまでボランタリーに行なわれてきた「支える」活動をビジネスの組み立ての中で行うような存在であると見なせるでしょう。社会的企業/起業によっては、「支える」活動に留まらず、さらに積極的にビジネスの論理から社会を「変える」活動へと踏み込んでいくことも少なくないと思います。この点では、CSRの一部としての社会的責任投資(SRI)も、社会内のニーズをビジネス内在的に企業の事業内容へと反映させる回路を働かせることで、「変える」活動の一部たり得ると考えられます。

このように、伝統的に知られてきたボランタリーな活動のみならず、近年盛んになりつつある、ビジネスから社会制度不全への対応を行っていこうとする活動をも「社会運動」と捉えることができるとすれば、それは社会運動の可能性を一層大きく見積もることに繋がるでしょう。そしてそのように拡大・再定義された「社会運動」概念は、大きな社会変革への望みが託された「新しい公共」概念とも軌を一にするものであろうと、私は思うのです。


活動内容ボランタリー論理ビジネス論理
(1)人々を「支える」ボランティア社会的企業(+事業型NPO)
(2)社会を「変える」=広義の社会運動狭義の社会運動(非制度/制度)社会的企業、SRIなど

(*この表の整理は実験的なもので、あまり厳密ではありません)


文献



*1:この辺りについては拙エントリも参考にして下さい。

*2:私は、全共闘運動も先に挙げたような様々な運動と深く結び付いていたのであり、その意味で日本社会を何も変えなかったわけではない、と思います。

*3:松浦正浩『実践! 交渉学――いかに合意形成を図るか』筑摩書房(ちくま新書)、141頁。

*4:同、141-143頁。

*5:違う言い方をすれば、通俗的な「運動」批判とは、過去の非制度的な運動が成し遂げてきた基盤の上に立って、制度化されて成熟した――ためにいささか発酵した――運動を罵倒するという、一種おめでたい振る舞いではないでしょうか。

*6:CSRについては、谷本寛治『CSR――企業と社会を考える』(NTT出版、2006年)などを参照。


Monday, May 10, 2010

公訴時効廃止に何を見るべきか


先月末、重大な罪の公訴時効を廃止・延長する内容を含む改正刑事訴訟法および改正刑法が成立した。これに伴って全国犯罪被害者の会(あすの会)が発表したコメントによれば、今次の改正は「犯罪被害者の多年にわたる悲願」である。

だが、『法律時報』5月号で白取祐司氏が指摘するように*1、改正案の提出に先立つ法務省法制審議会刑事法(公訴時効関係)部会等での議論においては、公訴時効の存在意義にまで遡った根本的な討議が闘わされた形跡は薄い*2。今次の改正を後押ししたのは、そうした原理的なレベルでの刑罰観の修正であるよりも、むしろ犯罪被害者(遺族)たちの「声」に共鳴・共振する「世論の声」であり、政府側もその事実が法案成立の推進力であると公然と位置付けていた*3

多くの人々が公訴時効廃止・延長を支持した/していることには、もちろん本人の自発的感情も無視できないとはいえ、メディアを通じて表象される犯罪被害者(遺族)の感情に影響されたところが大きいと思われる。これは感情による選好形成という意味で、まさに「情念」に基づく政治過程の実例である。そして、ここで重要なのは、政治を動かす世論を形成する情念が、自分自身から発する以上に他者の情念に「共感」することで増幅された情念であるということだ。このように観察される社会的現象が持つ理論的意味は小さくないように思う。


さて、時効制度については当ブログでも何回か採り上げていて、2009年5月には時効廃止論議が進む中で「時効はなぜあるのか」を問い直したエントリを書いている。そこでは刑事・民事両面にわたって時効制度の根拠と機能を整理しているのだが、通時的な連続性の中で個人の人格同一性が相対化されていくとする比較的広く共有されていると思われる感覚と時効制度の存在を結び付けて考え、それにもかかわらず時効を排そうとする動きが出てきたことの由縁を簡単に考察してもいた。

この点はその後「社会の個人化と個人の断片化」と題するエントリで、多少敷衍してみてもいる。その部分を引いておこう。


でも、そういう個人の断片化みたいな話は理解しやすいんだけど、私が混乱するのは、その一方で時効制度への否定的見解が強まっているのをどう考えたらいいんだ、ということ。時効制度の有意義性を否定するということは、個人の通時的流動性を軽んじて統合性を重んじ、人格的同一性を絶対的に捉える立場に連なることを意味する。それは個人の断片化傾向と矛盾するではないか。この問題は結構前から気になっているのだが、あまりきれいな答え方はできそうにない。

時効制度への否定的見解が力を得ている背景については、既に一応「司法がより個人的な単位への応答性を高めることが要請される一方で、個人の通時的流動性よりも一貫性が重視されており、こうした事態の両面は、社会が本質化された個人の単位に完結した形で自己理解されるようになっているとの解釈可能性」を提示してみたことがある。

二つの傾向を整合的に理解するための一つの選択肢としては、ポストモダン的な流動性上昇というものは、あらゆる単位に対して、より小さな単位への離合・分解を迫るものだ、と考えることはできるだろう。それが(企業や家族を含む)社会に対しては個人化を、個人に対しては個別のキャラ/ペルソナ、あるいは刹那的な「意識」へとバラけていくことを促しているのだ、と(さらに原子化した個人は「本質化」に向かいやすいことでもあるし)。だから、内的には断片化(刹那化)しつつある個人が、対他的・対外的には統合的人格観を押し出すようになるのは、決して矛盾ではないのだ、と。


おそらくは、社会の個人化を背景にして個々の主体に結び付けられる属性が本質化される――個人の特性がある集団への帰属によってではなくその個人生来の「宿命」と見做される――ために、他方で主体は刹那性を増して一層細密に分節化された形で捉えられているにもかかわらず、いやむしろ、そのような刹那化が主体の通時的連続(存在)性を弱めたためにこそ、本質化された罪が過去の刹那と現在の刹那をショートして、今・此処の私たちの前に再想像される*4。そのように考えた方がよい。そこでは、法制の根拠となっていたはずの社会学的現実、積み重ねられた時間とその間の生活という現実が、もはや罪を終わりにするだけの説得力を持たなくなったのである。



参考




*1:白取祐司「公訴時効制度「見直し」法案への疑問」(『法律時報』2010年5月号(通巻1021号)、2010年4月27日)。


*3:法制審議会第162回会議 配布資料5「公訴時効制度に関する世論調査について」。

*4:このように考えると、宇野重規『〈私〉時代のデモクラシー』の議論とも接点を持つだろう。


Thursday, March 25, 2010

リスク社会における公共的決定2――「トンデモ」批判の政治性と政治の未来


今日は少し、色々な文脈を縫い合わせるようなお話をしてみたいと思います。例によって長いですが、ご関心の向きはしばしお付き合い下さい。


Sunday, May 24, 2009

リスクと不確実性について


少し前の話になるが、kaikajiさんとBaatarismさんの以下のやりとりに触発されて考えたことをまとめておく。



論点となっているのはリスク管理とコスト&ベネフィットの考慮である。話題自体は(政治)経済学的な色彩が強いけれども、リスク概念は分野によって意味合いがそれぞれ異なるので、まず用語の整理から始めよう。

社会学では、危険dangerリスクriskを区別することが多い*1。危険が人に危害を及ぼす可能性のあるもの全般、あるいはその可能性そのものを指すとすれば、社会学的概念としてのリスクは、人が行った何らかの選択や決定に伴う不確実性から生じる不安を意味している。天災など自らの選択の帰結ではない現象は、危険には含まれるが、リスクではない。社会学的リスクは、近代化の進展によって拡大した個人の自由が伴う未来予測の不確実性を背景としており、その不確実な未来についての主観的な認識と評価によって構成されている。

他方、主に自然科学分野で為されているリスク・マネジメントについての議論では、リスクとの区別が問題になるのは危険ではなくハザードhazardである。ハザードは対象に固有の潜在的危険性・有害性を意味し、「危険源」などと訳される。これに対してリスクは、ハザードが何らかのきっかけによって現実の被害を引き起こす可能性を意味するとされる。例えば大量の火薬が保管されている倉庫はハザードだが、周辺に火の気が無ければリスクはそれ程高くない。そこに誰かが火の気を持ち込むことによって、その場のリスクは急激に高まることになる。

このような意味でのリスクは、客観的な危険度と言うべきハザードに加えて、現実の被害が引き起こされる可能性(確率)を考え合わせたもので、いわば「(客観的)危険出現可能性」とでも訳すべき概念である。それは、個人の選択に伴う社会学的リスクとは異なる。むしろ社会学的議論においてリスクと区別される場合のデンジャーに近い。しかし、それでは折角在る言葉が勿体無いので、ここでは可能性であったものが実際に出現する/した事態のことを(便宜的に)デンジャーと呼ぶことにしよう。

そうすると、危険出現可能性としてのリスクは、対象が引き起こし得るデンジャーはどのようなものであるのか(ハザード)と、対象がデンジャーを引き起こす可能性はどのくらいあるのか(確率)――どのような状況になれば引き起こされるのか(条件)を含む――の考慮によって算出されることになる。ハザードも考慮されるということは、たとえ実際に起こる可能性が低いデンジャーであっても、その被害が甚大となることが予測されるなら、対象のリスクは高いと判断され得るということである。

これに対して、経済学で用いられるリスク概念は、帰結への考慮を含まず、純粋に「危険が出現する可能性」、つまり確率を意味するために存在している。Baatarismさんが引用している竹森俊平『1997年――世界を変えた金融危機』によれば、先で言う「対象がデンジャーを引き起こす可能性はどのくらいあるのか(確率)」についての認識の部分が、経済学では広義の不確実性uncertaintyの問題として議論される。そして広義の不確実性の内で、過去に前例・類例があるなどの理由から客観的データによって可能性を判断できる(確率分布を想定できる)ケースはリスクと考えられ、過去に例が無くデータによる判断が不可能である(確率分布を想定できない)ケースは「真の不確実性(ナイトの不確実性)」であると見做される。

以上、図表で示せばもう少し解り易くなるところを面倒なのでしないが、同一単語が複数分野で異なる意味に使用されているところを強引に同一ないし近似の概念として整合性を与えようとする試みをするとすればこうなるかなということを、してみた。最も一般的と思われる危険出現可能性としてのリスク概念を「広義のリスク」とするならば、社会学的リスク(再帰的リスク)概念と経済学的リスク(確率的リスク)概念は、それぞれ別個の「狭義のリスク」である。


本題に移ろう。前掲のやり取りの中で「コスト」として想定されているものの幾つか(例えば国民の犠牲)は、発射されたロケットが引き起こし得る帰結、すなわちハザードの一種として解釈可能である。どのようなミサイルないし物体がどのような地域に着弾/落下すればどの程度の被害が予測されるかなど、ハザードは客観的な判断の対象となり得る。Baatarismさんはコストの定量化そのものが評価者のイデオロギーに左右されてしまうと指摘しているが、それは正確な言い方ではない。イデオロギーによって左右されるところが大きいのは、客観的算出が可能な「広義のリスク」ではなく、そのような客観的リスクに対する再帰的評価に基づいて構成される社会学的リスクの方である。

先に、社会学的リスクは不確実な未来についての主観的な認識と評価によって構成されると述べた。私たちが完全な情報を得て、有り得る事態の全てについて合理的な分析を加え、客観的な確率についての認識を形成することは、現実には困難であり、ほとんど不可能だと言ってもよい。そのため、(「真の不確実性」に属するとされる状況も含めて)私たちが実際に依拠しているのは個々人が(客観的根拠も援用しながら)内的に算出する主観的確率の認識である。

個人の行為は、主観的確率とハザードの主観的評価(主観的危険度)との総合によって形成される社会学的リスク認識に基づく予期によって駆動される*2。主観的確率は客観的確率とは独立に形成され得るが、危険度の主観的評価は客観的なハザードの認識を前提にしている。被害が同じ程度であっても、評価者が何を守るべき価値と考えているかによって、事態が持つ意味は異なってくる。簡単に言えば、ミサイル攻撃によって100人の命が失われた場合に、「100人も死んでしまった」と考えるのか、「100人で済んで良かった」と考えるのかの違いである。そのような評価は、各人の価値観に依存する*3。したがって、客観的なリスク認識(ハザードと確率)について概ね一致することができても、採るべき対応について一致するとは限らない。

「危険について述べる場合には、われわれはこう生きたい、という観点が入ってくる」と言われるはこのためだが*4、それでも再帰的評価とは離れて、可能な限り客観的なハザードや確率の認識を行おうとすることができないわけではないし、それを止めるべきでもない。むしろ最終的には政治過程において決定されるしかないと理解しながら、そのような集合的リスク評価がより有益であるための客観的材料を提供するのが科学的認識の役割であるし、そこで専門家の知識翻訳と社会内の議論促進の役割を担うのがマスメディアの仕事であるはずだろう。だから私は今こそ「「勘定」に訴えかける議論がぜひとも必要」とするkaikajiさんの問題意識に強く共感するし、そのような議論を示すことは、本来経済学に限られることのない科学全体の使命であると思う。


ただ、それとは別に私がこのエントリを書こうと思ったのは、Baatarismさんが依拠する経済学上の「真の不確実性」概念にある種の胡散臭さを感じたためでもある。Baatarismさんは北朝鮮が日本をミサイルで攻撃するケースは「真の不確実性」に属すると言う。そして、そのような事態が発生する確率を見積もることは不可能なので、対抗手段として比較的コストが小さいミサイル防衛システムを採用することは妥当だと結論している。その結論の是非はここでは扱わないことにして、私が引っ掛かるのは論証の過程で示される、今現在は「危険性が非常に低いように思えたとしても、近い未来にどうなるかは誰にも分からない」との認識である。この論理は当該ケースが「真の不確実性」に属すると見做される所以でもあるのだが、何と言うか、あまりにも「身も蓋も無い」言い草ではなかろうか。

少し意地の悪い言い方になるが、このような「身も蓋も無い」言い草が許されるのであれば、「街を行き交う人々がいくら温厚そうに見えても、いつ豹変して私を襲うかもしれないから、拳銃の所持を許して欲しい」との主張を容易に正当化できそうである。このあたりは社会学の得意分野であるが、そもそも社会秩序の成り立ちそのものが「真の不確実性」に属する問題であり、今度すれ違う人が私を襲って金品を奪おうとするかもしれないという疑いは、本来全く不合理なものではないはずであるから。

それでも社会に秩序が成立し、国際社会にも一定の秩序が成り立っているのは、そこに何らかの確率認知の体系(社会学的に言い換えると予期の体系)が形成されたからではなかろうか。確かに、それは経済学的リスクのように客観的・統計的に判断可能な確率ではなく、主観的ないし間主観的な確率認識であるだろう。だから実際には、「どうなるかは誰にも分からない」。しかしそもそもAの確率が99%であるということは、Aでない確率が1%存在するということだから、究極的にはどんな状況であっても「近い未来にどうなるかは誰にも分からない」のである。
したがって、このような言い方は(Baatarismさんの意図とは無関係に)「真の不確実性」について言及するに留まらず、確率的な思考全体の有効性を否定してしまいかねない*5。客観的/主観的にかかわらず、確率とは不確実な未来に対して多少なりとも合理的な行為を選択し、望ましい未来を構築していくために用いられる手段であるから、今現在「危険性が非常に低いように思え」るのであれば、まず第一に議論されるべきなのは、その理由であるはずなのだ。現状そのように「思える」ことは何によって可能になったことであるのかを考えることは、通常思われているよりもずっと重要なことであると思う。

実はBaatarismさんの結論を支えているのは、当該ケースが「真の不確実性」であるかどうかよりも、「もし北朝鮮が本当に日本にミサイル攻撃を行ったら、日本の人口密集地に莫大な被害が出る可能性はほぼ100%」であるというハザードについての認識の方である。この認識が妥当であれば、たとえ当該ケースが「真の不確実性」とは言えず、北朝鮮によるミサイル攻撃の確率を算出することが可能で、しかもその確率が非常に低いとしても、ハザードの大きさのために(広義の)リスクはミサイル防衛システムを採用することを正当化可能である程に高い、との立論は説得的で有り得る(その説得性は受け手の再帰的評価に依存する)。つまりBaatarismさんの主張には、別に「真の不確実性」概念は必要でない。

そもそも経済学的リスクと「真の不確実性」の区別のされ方はだいぶ曖昧であり、恣意的判断の混入を許す余地が大きいように見える。それならば、広義の不確実性内部の緩やかな区別は維持するとしても、確率認識の可能・不可能で分けるよりも、認識の客観性の大小で起伏をつける方が良いと思う。あるケースが「真の不確実性」に属しているのかどうかは、本当のところ大した問題ではない。あまりこういう概念を有難がるのもどうかなと思った、という、そういう話をした。



*2『利害関係理論の基礎』、第1章第3節2、を参照。

*3:もっと言えば、これはA.センの言うcapabilityにかかわる問題である。例えば地雷によって同じく両足を失った人でも、「命が在るだけ良かった」と思う人もいれば、将来を嘱望された陸上選手であったために「死んだ方がマシだった」と思う人もいるかもしれない。

*4:ウルリヒ・ベック『危険社会』(東廉・伊藤美登里訳、法政大学出版局、1998年)、90頁。

*5:それは極端に言うと社会秩序そのものへの攻撃で有り得る。


Wednesday, April 8, 2009

いじめの構造


なぜいじめが起こり、エスカレートするのかについてのメカニズムを理論的に解き明かした良書。著者独自の概念が頻出することもあり、一般読者向けとしては歯応えのある方だが、内容はとても刺激的。

個人や集団の心理や行動が物理的・制度的な環境によって多分に構築されることを豊富な事例とともに解説しながら、「生態学的設計主義」の善用によっていじめを防圧することが可能であると説く。

狭義のいじめ研究を踏み越えて、教育制度全体の再設計や集団一般の全体主義的暴走のメカニズム解明にまで進んでおり、その射程は広い。提案されている個別の施策については吟味の余地があるとしても、著者の個人史にも踏み込んだ前著(『〈いじめ学〉の時代』)以上の密度を備えており、教育関係者には是非読んでもらいたい一冊となっている。

Monday, September 1, 2008

犯罪報道に実名など要らない


少年法第61条に関して、柔軟な運用を求める立場がある。要するに、少年犯罪でも場合によっては実名報道したってよいではないか、という主張である。


その論拠は大まかに言って3つ程あるだろうか。


(1)マスメディアには表現の自由が、国民には「知る権利」があるので、たとえ少年犯罪でも一律に報道を規制するべきではない。

(2)非公開となっている少年事件の詳細を知ることができれば、背景の分析を通じて、同様の事件を防ぐための社会的施策を取ることができる。

(3)実名を公表することにより、自分が行ったことに対する責任を少年に自覚させる(ことを通じて再犯の予防にも役立つ)。


私は「知る権利」などあるのか疑問に感じているし、事件報道などほとんど必要ないと考えているので、(1)と(2)に関しては非常に嘘臭く思えてしまう。


少年による事件であっても、加害者の情報をある程度報道することには反対しない。だが、ほとんどの事件において、わざわざ加害者の実名(や顔写真)を公表する必要は何ら存在しないはずである(被害者についても同様)。

主張者は、少年の氏名が「合理的な公的関心の対象となる場合」、表現の自由や知る権利と少年の利益を比較衡量した上で少年の氏名の公表が許容される可能性は、否定されるべきではないと言う(松井茂記『少年事件の実名報道は許されないのか――少年法と表現の自由――』日本評論社、2000年、131頁)。しかしながら、私には加害者の「氏名」そのものが「合理的な公的関心」の対象になる事態が、ほとんど想定できない(これは、成人についてもそうである)。辛うじて、加害者が凶器を携帯して逃走中である場合や、加害者が既に公知たる著名人である場合を考え得るに留まる。これら以外の一般の事件については、加害者の実名が重要であることは、まず無いと言ってよい。だから、報道しなくてよい。


ところが、主張者によれば、少年の氏名そのものに価値があるかどうかは問題ではないのだと言う。少年の住環境や家族構成、通学している学校や生育環境、犯行事実、その背景などについて報道を行えば、いずれ本人を特定することは可能になる。そのため、事件の詳細を知るために氏名それ自体は不可欠でないとしても、加害者の情報を報道することを一旦是とすれば、氏名の公表を禁止すべき理由は乏しいとされるのだ(松井前掲書、142頁)。

これは、論理になっていない論理である。特定可能な情報を伝えることと、特定情報そのものを伝えることは違う。たとえ結果的には特定され得るとしても、直接に氏名を公表しないことには意味がある。その他の情報をいくら報道したところで、氏名(や顔写真)を報道しなければ、周囲の人々には特定されてしまうとしても、社会一般の人々には特定されずに済む。固有名が流れてしまえば、社会一般からも特定されてしまう。この違いは大きく、「どうせばれてしまうんだから…」などという消極的な理由で実名を垂れ流してしまおうとする主張者の軽率さを示している*1


敢えて社会一般の人々に対しても特定情報そのものを流そうとすることの意味は何なのか。社会にとっては、犯罪の背景は重要であり得るとしても、個別の事件の犯人の固有名など、何の意味も持たないはずである。歴史に刻まれるような重大事件であっても、せいぜいイニシャルか仮名でよいと、私は思う(成人についても同じ)。

4人を射殺したとして1969年に逮捕された少年について実名報道を行った朝日新聞は、「事件の社会的意味が大きく、少年の人柄、育った環境などを詳しく報道しなければ事件の本質を解明できないと判断した場合は、氏名を明記、写真を掲載する方針」であると、当時の社告で述べている(高山文彦編『少年犯罪実名報道』文藝春秋(文春新書)、2002年、173頁)。見事なまでに意味不明な文章である。「事件の本質を解明」するために、なぜ「氏名」と「写真」が必要なのかが、全く説明されていないからだ。

なぜ、これ程までに「氏名」が重視されるのであろうか。私には、先の(3)に類する考え、とりわけ実名公表を通じた「社会からの応報」が必要だとする考えが根強いためではないかと思える。実際、今や少年は権利主体として尊重されるべきであり、パターナリズムから解放して自己責任の下に置くべきであるから、犯罪に際しては「保護」よりも「罰」を与えるべきであるとの認識を前提に(松井前掲書、212-213頁、高山前掲書、22頁)、社会による非制度的な応報/処罰機能を評価する見解が示されている(松井前掲書、ⅳ頁)。それならば応報が目的なのだと潔く述べればいいと思うのだが、必ずしもその意思が明らかにされないために、分かりにくくなっている*2。そういうことなのだと思う。


*1:松井によれば、社会的に重大な事件に関する公共的な討論が意味あるものとされるためには、十分な事実が報道されなければならず、そのためには「どうしても少年の氏名は明らかになってしまうものである」(松井前掲書、151頁)。かくも無邪気に必然性が偽装されていることに、驚きを禁じ得ない。

*2:松井は性犯罪について書いた本でもそうだったが、最初から自らの立場が明確でありながら、ある程度まで中立を装うように書くので、非常にうっとうしい。あと、この人は文章が下手だよな。繰り返しが多いし。いや、本自体は情報として勉強になる部分が多いけども。


Tuesday, March 4, 2008

事実が必要とされない理由


死刑や治安悪化言説についても当てはまる現代に共通の問題として、「必ずしも事実が求められていない」ということが挙げられる。求められているのは事実よりも物語であることが多い。死刑の犯罪抑止力を証明する根拠が無いことをいくら説いても、死刑存置派が減ることはなく、治安の悪化を示すデータが見当たらないことをいくら訴えても、治安悪化神話の支配的影響力は衰えない。

もちろん、「事実」を指し示す言説があまり行き渡っていないという面もあるだろう。マスコミの影響力を「主犯」として最も問題視する立場の人々は、その点を強調する。だが、森達也が各所で指摘しているように、マスコミがあるステレオタイプの報道図式を採用し続けるということは、何だかんだ言いつつもそれを求める層、マスコミの紋切型報道を支える土壌が確実に存在しているということである。そういう土壌こそ、マスコミによって耕されたのかもしれない。だが、どちらが先かは一概に言えるものではなく、各種の「神話」は、マスコミによる報道とそれを求め・受容する側との相互作用の中で作られてきたと考えるべきだろう。

そうした循環構造を見ずに一方向的な関係を想定するのは、単に楽観的に過ぎると言うだけではなく、怠惰であると言うべきだろう。マスコミ批判だけを繰り返して事足れりとしている人は(そういう人がいるとしてだが)、置き去りにしておけばいい。私は全くフォローしていないが、「ニセ科学」批判においても、単に「ニセ科学」を批判して「正しい情報」を提示するに留まらず、「ニセ科学」的なものを受容する層の分析に歩を進めていることと思う(きっと、そうだろう)。「事実」なり「正しい情報」なりを提供するだけではなく、土壌を分析しつつ、そこに手を入れていかなければ目的を達成できそうにないという点では、経済政策や社会政策についても同様のはずだ。

それで、「事実が求められていない」件だが、その理由を端的に言えば、今がポストモダンだからである。最近は安直に理解したポストモダン論を一括りに罵倒するような言論が増えているように見えるが、その一因は多分、ポストモダン論に新鮮味が失われたからだろう。なぜ新鮮味が失われたかと言えば、それはポストモダンはもう「来るべき時代」ではなく、今・この時間になってしまったから、目の前にある当然の現実のままになってしまったから、だ。よく勘違いしている人がいるが、「ポストモダン」論と「ポストモダニズム」は違う(「グローバリゼーション」論と「グローバリズム」が違うように)*1。ポストモダン的事態を肯定するか否かにかかわらず、ポストモダンとしての現代を認識することはできる。もちろん、「現代は、過去と比べて「ポストモダン」と呼べるだけの差異を持っていない」という異論はあり得るが、その次元で争うのはここでは止めておこう。「今がポストモダンだ」ということにしておかないと*2、ここで語りたいことが語りにくいから。

語りたいのは、必ずしも事実が求められない理由であり、その理由は「全てが相対化されてしまっているから」ということに尽きる。別に再帰的近代化などと言わずとも、何もかもが相対化され尽くしているのは現代に生きていればわかる。ここ10~15年に生まれた世代にとっては、生まれたときから世界は世界そのものだろう。自分の居る位置を認識するに当たっての視野が、特定の街や国に限られていない。積極的に求めなくても、あらゆる地域・あらゆる分野についての情報が大量に飛び込んでくる。加えて、ビデオカメラやらデジカメやら写メールやらブログやらで、絶えず自己参照・自己言及が強いられる。これでは、相対化を避けろと言う方が無理だろう。居ながらにして、様々に異なったライフスタイルや価値観が自然と目に入る。その時、何かの伝統やイデオロギーを純真素朴に信じる方が難しい。でも、だからこそ、信じられる「何か」が強く欲求される*3。その「何か」に代入されるのが、各種の物語である*4

事実ではなぜダメなのか? 事実は相対化されてしまうからである。我こそは「事実」を知っていると主張する人々は、異口同音にマスコミを「偏っている」として批判するものだ。色んな立場から様々な情報(それも専門的な)が行き交うと、私たちは何を信じていいか分からない。鈴木(謙介)さんが、事実をめぐる論争は結局「情報戦」と化して、一種、不毛なことになる(うろ覚え)みたいなことをどこかで述べていたのも、ここからしてみると理解できる。人は信じたいものを信じる。何を信じていいのか分からないのなら、なおさらである。でも、何のために信じるのか? それはアイデンティティを形作るためだ。全てが相対化されざるを得ない状況の中で、アイデンティティの断片を相互に繋ぎ止めるために、信じられる物語が必要とされるのである*5

「必ずしも事実が求められない」ような事態がもたらされるにあたって、学問の側から一役買った立場を具体的に挙げれば、構築主義/構成主義だろう。その役割が顕著だったのは歴史認識問題で、歴史にとって重要なのは客観的な「事実」なのか、主観的ないし多元的な「物語」なのかについて、左右入り乱れての論争が展開された(ことと思う)。一方で右派(の一部)が、「日本民族」とか「天皇」などといったことは所詮フィクションかもしれないけれども、国民が団結し、国家が統合を得るためには、必要な物語なのだと主張する。他方で左派(の一部)が、たとえ客観的な証拠とは食い違う部分があったとしても、個々の人間の「語り」にはその人にとっての真実が含まれており、それは本人のアイデンティティを構成するとともに、歴史を多元化して豊かにするものだと主張する。「物語」ではない(より)客観的な歴史を希求する立場の人々は、両者から挟撃されることになった。

北田暁大などは、それが右派によっても使われるようになったことを以て、構築主義/構成主義に一つの限界を見出しているようだが、そうした戦略論的・情況論的問題意識からのみ「限界」を突きつけていいものかは疑問である*6。構築主義/構成主義が一つの学問的立場である以上、政治的立場にかかわらずそれを応用できるのは至極当然のことだ。構築主義/構成主義が限界に行き当たったと見做すなら、その理由はむしろ、ポストモダン論と並行して(あるいはその一員として)機能した末に、目の前に在る当たり前のポストモダン=現代に還元されてしまったからだと考えた方がいい。だって、「全てのものは社会的に構築/構成されている」なんて、言われて/言ってみると、とんでもなく当たり前のことじゃないか?*7 So what? 重要なのはその先だろう。そこで「それなら何でもアリだっ!」となって極端な物語を提示したり支持したりするようになるのか、そうでないのか*8

どうも結論が見えて来ないが、現代の社会学者が「アイデンティティ」(と「コミュニケーション」)ばかりを採り上げて論じるのには、それなりの必然性がある。「社会」学が本来「関係」の学だということもあるが、情報の送り手だけではなく受け手固有の問題も重視されなければならない以上、いわゆる「正しい情報」そのものはあくまで前提であって、議論の主旨や目的にはなり得ないのだ(全ての場合がそうだとは言えないにしても)。じゃあ事実が必要とされていないなら、「より良い」物語を普及させればいいのか、それとも、物語云々に拘泥するのを止めて物理的な水準でコントロールを働かせればいいのか、あるいはもっと別の方法があるのか、そういうことは今の私には言えない。ただ、(これは国家論について考えていった場合にも行き着くところだが)例えば宮台真司が「幸福論」とか言い出したり、東浩紀が独特の国家観を示したりすることには、ある種の蓋然性があるということを、あまり見くびらない方がいい*9


*1:東浩紀はこの区別に注意を促していた。

*2:本当は時期/時代の名前は何でもいいのだが。

*3:以下も参照。スピリチュアル的なものとモノ・サピエンス的なもの http://d.hatena.ne.jp/kihamu/20070429/1177836073

*4:ジョック・ヤングは、差異や多様性が称揚されるとともに商品としてパッケージ化され、消費されることを通じて、差異は「本質化」され、アイデンティティとして強調されるようになると指摘している。ジョック・ヤング『排除型社会』洛北出版、2007年、153頁、263頁以下。

*5:代表的な「ニセ科学」とされる血液型言説が、少なくない日本人にとって自己像をまとめ上げるための手段の一つとして用いられているのは示唆的である。

*6:もちろん、北田がこうした観点からのみ限界を見出しているとは思わないが。

*7:もちろん、数の上では、そう考えない人の方が今でも多いのかもしれないけど。

*8:そう言えば昔、「居直り」について論じたことがあったな。

*9:あぁ、こういうふうに鈴木、北田、宮台、東、とその筋ではキャッチ―な名前ばかり出して話すせいで、ある角度から偏見を持って見られるんだろうな。


Thursday, December 6, 2007

被害者及び死刑


宮崎哲弥・藤井誠二『少年をいかに罰するか』講談社:講談社+α文庫、2007年


 過去の少年法をめぐる議論は、法務省や検察、弁護士、矯正施設など制度として少年犯罪に関わる立場の人間が、年齢引き下げなどで少年犯罪が減るかどうかという社会効果の観点からしか議論をしてこなかった。当時の新聞の投書も、その「効果」について自分はあると思う、ないと思うという二者択一的なものばかりです。社会的に「効果が期待できない論」が支持されたのだと思います。

 今回も少年法改正に反対した人々――弁護士や学者などの専門家――の論理はほとんど当時と変わっていなくて、厳罰化は効果があるとか、ないとかをずっと言ってきた。ところが、犯罪被害者やその遺族の人々が訴えてきたのはそういうことではなく、、せめて自分たちにも加害者側と同等の権利や情報がほしい、適正で公平な手続きをしてほしいということなのです。少年法の不公平さや不適正さを問題にしてきたのです。

 つまり、言っていることがまったくかみ合わないわけで、効果論でうねりを押し戻そうというのははじめから意味がなかった。与党は効果論を持ち出していましたから、それに反論する必要はあったのですが、本流はちがうところにあったといえると思います。[119-120頁、藤井の発言]


この指摘は、統計上は犯罪が増加したとも凶悪化したとも言い難いと指摘したとしても、必ずしも厳罰化を求める声や体感治安の悪化に対する歯止めにはならない、という過去の私の指摘とパラレルに読める*1。犯罪被害者遺族自身が望んでいるところとは必ずしも一致しないとは言え、被害者の権利向上への支持拡大と治安悪化・厳罰化言説とは、その土壌において繋がっている。治安悪化言説への批判や厳罰化効果の過大視への反論はそれとして必要であるとしても、何かそれだけでは足りないものが残ってしまう。土壌のところまで、届かないのである。

公平さや適正さというのは、一つのポイントだろうと思う。被害者の権利向上を訴える立場は、国家が個人に対して当然に認めるべき正当な地位・権利が認められていない、という見方に拠っている。この考え方が、従来の憲法学や刑事法学、あるいはリベラル左派や「人権派」弁護士などの考え方と摩擦する。摩擦するのだが、それは決して保守的な考え方ではなく、むしろ人権という観念を推し進めた進歩的なものである。ここには自由主義‐個人の権利‐国家権力の役割をめぐる逆説的と言うのか、ねじれたと言うのか、曲がりくねったような立ち位置の割り振りが見出せるが、煩瑣になるので、詳しくはいずれ別の形で議論することにしよう。

なお、本書では治安悪化言説への詳細な批判が行われるとともに、そうした言説が盛り上がる要因についても若干の検討が為されている。宮崎は現代の少年犯罪に「質的変化」を見出すかについて、概ね慎重な見方を採っているが、藤井は犯罪の動機や背景に対する「理解可能性」が失われてきており、それは少年が社会から「離脱」した結果ではないか、という宮台真司に近い見方を示している。もっとも、少年の内面が実際に変化しているかどうかを争わなければ、かつては「理解」の対象と見做されてきた少年が、ある時期から理解不能な「モンスター」と見做されるようになったという指摘は芹沢一也も繰り返し行っている。芹沢はそうした変化の立役者が宮台にほかならないと見做しているのだが、少年の内面が実際に変化したにせよ、言説が変化しただけであるにせよ、それらが変化した理由をより遡って考える必要があることを否定する余地は無い。


他に気になったものとして、宮崎の発言から取り上げたい部分がある。まず、自らが死刑反対派であると述べながらも、「死刑廃止論者は権力の走狗だ」との池田清彦の言に同調しつつ、宮崎はこう続ける。


 まったくその通りで、犯人を殺したいと思っている被害者やその代理人たる被害者遺族にとって、死刑廃止国家は「その野蛮な感情をコントロールせよ」「加害者を許せ」と命じる権力主体に他ならないんだよ。そういう意味では菊田幸一氏や安田好弘氏なんか、完全に権力の補完装置に出しているといえる。

(中略)

 整理しておくと、こういうことね。

 権力というのは元々「死なせる権力」に他ならなかった。命を奪い得る、殺し得るという機能によって人々を規律し、統制する。これを政治権力と呼んできたのです。

 死刑はその最も象徴的な事例で、国家は一罪人を合法的に殺害することができるわけです。他の誰一人として法に抵触することなく、人を彩めることはできない。たとえ、被害者遺族であっても。これが近代社会の原則です。つまり合法的に人命を奪い得る可能性こそが、近代的な国家権力の本体だったのね。

 ところが、この権力観は時代遅れになりつつある。むしろ「生かす権力」の作用が大きくなってきているということを、歴史思想家のミシェル・フーコーが看破した。彼は「死なせる権力」に対し、「生かす権力」、「生―権力」という権力概念を提示しました。

(中略)

 要するに、死の恐怖によって人々を従わしめていた古い権力から、健康な生を予め規格化し、それへの欲望を煽ることで管理やコントロールを強めていく新しい権力へと重心をシフトさせているというわけ。

 池田清彦氏の死刑廃止論批判もおよそこの視角に添ったものです。私が我慢ならないのは、多くの死刑廃止論者がこういう権力側のシフトにまったく鈍感だということ。

 その鈍感さこそが、犯罪被害者を徒に体制の側、権力サイドに追いやってしまっているのに、そこにぜんぜん気づいていない点。これが救い難い。[21‐23頁]


実際には、フーコーは以下のように述べている。


 私は別のレベルで、死刑を例にとることもできただろう。死刑は長い間、戦争と並んで、剣の権利のもう一つの形態であった。それは、君主の意志、その法、その人格に危害を加えるものに対する君主の対応をなしていた。死刑場で死ぬ者は、戦争で死ぬ者とは正反対に、ますます少なくなっている。しかし後者が増え前者が減ったのは、まさに同じ理由によるのだ。権力が己が機能を生命の経営・管理とした時から、死刑の適用をますます困難にしているものは、人道主義的感情などではなく、権力の存在理由と権力の存在の論理とである。権力の主要な役割が、生命を保証し、支え、補強し、増殖させ、またそれを秩序立てることにあるとしたなら、どうして己が至上の大権を死の執行において行使することができようか。このような権力にとって死刑の執行は、同時に限界でありスキャンダルであり矛盾である。そこから、死刑を維持するためには、犯罪そのものの大きさではなく、犯人の異常さ、その矯正不可能であること、社会の安寧といったもののほうを強調しなければならなくなるのだ。他者にとって一種の生物学的危険であるような人間だからこそ、合法的に殺し得るのである。[ミシェル・フーコー『知への意志』渡辺守章訳、新潮社、1986年、174-175頁、強調引用者]


宮崎の発言だけを読むと、生‐権力へのシフトが進めば必然的に死刑が廃止されるとフーコーが考えているように理解してしまいかねないが、そうではなく、要は、死刑が維持されるとしても、その機能は変質すると言っている。

それから、多くの死刑廃止論に一種の鈍感さが伴っているという指摘には首肯できるところもあるが、権力が以上のようにシフトしているからといって死刑廃止を訴えることが「権力の走狗」になることかと言えば、疑問である。左翼であろうが「人権派」であろうが、国家権力にある一定の機能を期待していることは、その他の立場と変わりが無い。死刑廃止を訴えているからと言って、国家権力を否定していることにはならない。テレビ番組の中で某ジャーナリストが、死刑廃止を訴えているくせに国家の裁判を利用しようとするのは矛盾だとの旨を述べているのを見たことがあるが、これは暴論である。死刑廃止論は国家廃止論ではない。在る法に従うことと在る法を改善しようとすることは矛盾しないし、死刑廃止を訴える言論人やら弁護士やらが国家の法に頼ることは言行不一致ではない。彼らは国家権力の機能の在り方を変えようとしているに過ぎないからである。翻って、死刑廃止国家が被害者に感情の統制を命じる権力を行使するとしても、死刑廃止論者が「権力の走狗」とまで呼ばれる筋合いは無い。何らかの局面で国家権力の機能を肯定し、支持し、利用し、促進するような態度を採ることが「走狗」たることであるのなら、国家廃止論者を除く死刑廃止論者はもとより「権力の走狗」である*2


宮崎は以上の議論と絡んで、以下のようにも述べている。すなわち、国家は社会契約によって人々から復讐の権利を含む自然権を移譲されることで刑罰という暴力を独占する権利を得ているが、国家が抽象的な「法益」なるものの保護に徹し、具体的な被害者やその遺族の利益を保護し、移譲された復讐権を代行していないのであれば、復讐権を個々人に返還して自力救済が認められなければならない。それゆえに、被害者および被害者遺族に対して、国家に報復という権利を代行して実現することを求める「人権」を保障することが重要になってくる、と(29-31頁)。

しかし、ここで疑問なのは、国家はそもそも「復讐権」を代行実現する義務を負っているのか、ということである。宮崎は殺人罪の保護法益である「人の生命」が非常に抽象的で具体的な「その人」の利益を直接に示しているわけではないことを指摘しているが、法がその内部で具体的な個々人を名指ししてその利益を保護すると宣言することができるのだろうか。社会契約説を採って国家の役割が自然権の代行実現にあるとしても、それが具体的な個々の紛争における復讐の代行を含むと考えるのは、多分妥当していないだろう。宮崎は、本村洋との出会いによって「被害者に人権は認められない」という従来の立場を変容させざるを得なくなったと述べているが、おそらくはそのために、ここでの宮崎の論理は滅裂しているように見える。

ちなみに、ロックは以下のように述べている。


 このようにして、自然状態においては、各人が他人に対する権力を得るようになる。けれどもそれは、その掌中に属する罪人を処分するに当って、自分の激しい感情や法外なでたらめに依ってするというような絶対的恣意的な権力なのではない。それはただ冷静な理性と良心とが、罪人の違反に釣合うものとして指示する程度のものを、いいかえれば賠償、抑制として役立つであろう範囲のものを、その者に酬いるだけの権力に過ぎない。なぜなら、賠償と抑制というこれら二つだけが、一人の人間が他人に対して、われわれの刑罰と呼ぶ害悪を、合法的に加え得る理由なのであるから。自然法を犯すことによって、犯則者は、神が人間の相互的安全のために、彼らの行為に加えたところの制限である理性と一般的衡平の規則以外の、別の規則に従って生きることを自ら宣言する。このようにして人々を傷害と暴行から保護すべき紐帯は、彼によって軽侮破壊されるのであるから、彼は人類にとって危険なものとなるのである。これは、全人類および、自然法によって設けられたその平和と安全とに対する、侵害である。したがって各人は、人類全体を維持するためのその権利によって、彼らにとって有害なものを制止し、必要な場合には破壊することができる。かくして、何人であれこの法を犯した者に対して、その行為を悔悟させ、これによってその者、およびこれに倣ってその他の者が同様の悪を為すのをやめさせるような罰を加え得るのである。こういう場合に、またこういう根拠によって、各人は、犯罪者を処罰し、かつ自然法の執行者となる権利を有するのである。[ロック『市民政府論』鵜飼信成訳、岩波書店:岩波文庫、1968年、14‐15頁、傍点を省略]


国家はこうした自然権を回収して成立するわけだが、自然法の段階で既に「人類にとって」という観念が持ち出される。果たしてこれは抽象的な法益たる「人の生命」とどう違うのか。具体的な個々人の利益に基づいた復讐権なるものは、そもそも想定されていたのだろうか*3。ロックが社会契約説の全てではないが、私は疑問に思う。そういうところから被害者の人権を持ち出すのは無理があるのだ。


少年をいかに罰するか (講談社プラスアルファ文庫)

*2:お互い「権力の走狗」とか何とか、そういう言い方、いい加減に止めにしないか。つまらんから。

*3:個人から国家へと自然権が移譲されたことと、国家によって自力救済が禁止されて合法的な暴力が独占されたこととが結合されて理解された結果、個人的な復讐権も国家に移譲されたという考えが出てきたのかもしれない。だが、復讐権は移譲されたのではなく、端的に禁止されたのではないか?。この点につき不勉強な私はご教示を賜りたい。


Friday, August 31, 2007

イデア論的現実批判と抑圧の移譲構造


デリダが間違えたのは、不完全なものが知られるためには完全なものが想定されていなければならない、と考えたことだ。これは、完全無欠の理想たるイデアを虚偽と迷妄に満ちた現実に対比させたプラトンの思想に連なる考え方である。もっとも、老子や孔子も同じように、太古の昔に理想的な秩序が存在したのだという根拠不明・証明不能な想定に基づいて現実を批判していたから、こうした考え方は、とても普遍的なものだ。私は、「神と正義について」で*1、こうした考え方を否定した。概略、次のようにである。


実在するかどうか分からず、実在する可能性を証明できないような究極的な理想(神=正義)を想定した上で、それを批判の準拠点に措定し、理想との対比において、堕落した・蒙昧な・虚偽の・不道徳の・不正義の・不完全な現実を批判するという形式が、普遍的に採用されている。しかしながら、究極的に「正しい」真理・善・正義・神・世界・社会などがどこかに存在すると想定すると仮定したとしても、そうした究極的な理想の姿を描き、解釈し、それと現実との距離を測るのは、主観的であり不完全である特定の誰かでしか有り得ない。哲学、倫理学、社会理論、その他、いかなる装いを採ろうとも、これは結局、宗教が体現する形式に等しい。つまり、社会的な現実から遠く離れたどこかに究極的な理想を設定し、理想との距離に基づいて現実を批判するという手法は、客観的であり普遍的であるはずの究極的理想が、特定の誰かの恣意によって横領され、不完全な主観的理想へとすり替えられる危険を、常に有しているのである、と。


さて、こうした手法への批判を、もう少し卑近な問題に即して構成するとどうなるのだろう。かつて丸山眞男は、戦前戦中の「超国家主義」日本を分析する過程で、「抑圧の移譲による精神的均衡の保持」という構造を見出した。それは、全ての価値と規範の体系が、最高価値たる天皇からの相対的距離を規準として成立している社会体制であり、そこでは、最高価値に「相対的に近い」上の者から下の者へと抑圧が譲渡されていくようになっている。抑圧した者は上からの抑圧を下へと譲り渡したに過ぎないために、自らに対して主体的責任を感ずるところがない。そして、帰責対象の上昇経路を辿れば天皇がその終着点であるかと思えば、天皇でさえも皇統というより上位の伝統に連なっているに過ぎず、究極の最高価値の地位は抽象的・観念的な伝統によって占められるために、責任は最終的に霧消されてしまうしかない。丸山は、こうした抑圧の移譲構造こそ、近代的主体の存在しない日本社会の病理だと診断したのである。

この構造が、日本の特徴であって他では見出しにくいのかどうか、私には解らない。しかしともかく、単純に抑圧の移譲構造とそれによる無責任体制という部分だけに着目するなら、これは今でも普遍的に見受けられる。かつて姑にいびられた嫁は、自分が姑になったら嫁をいびるようになる。かつて上級生にしごかれた下級生は、自分が上級生になったら下級生をしごくようになる。それは、(丸山自身も経験したところの)入隊の早い者が遅い者をしごき、いびるという軍隊の姿と同じではないか。そこには、自分たちも上の世代からしごかれ、いびられ、さげすまれ、それによって鍛えられてきたのであるから、下の世代もそうした経験を持つべきであり、この「抑圧」は愛情の現れなのだし、彼らも時が経てば私たちに感謝するようになるさ、という「抑圧→成長→統合」物語が介在している、かどうかは知らない。だが、こうした若者批判論などにも見受けられる抑圧の移譲構造は、宗教に似ている。

そもそも丸山が分析した大日本帝国自体、宗教国家であった。価値の高低がそこからの相対的距離で測られる規準であるところの最高価値が、突き詰めれば皇統という実在も確かならない抽象的な観念に行き着いてしまう。それは、現実を規律・規制するための価値規準が、究極的には定かならぬものであることを意味する。つまり、ここでの規準はどこかに存在している/していたはずの究極的価値の「物語」、すなわち神話なのである。抑圧の移譲構造が宗教に近しいという意味がこれで理解できよう。そして、この神話は、プラトンが想定したところのイデア、老子・孔子が想定したところの太古の理想的秩序、デリダが想定したところの究極的正義、これらの物語と互換可能なものである。つまり、抑圧の移譲構造が宗教と似ているように、究極的理想を準拠点とする現実批判が宗教と似ているように、宗教に似ている両者同士も似ている。

抑圧の移譲構造においても、やはり究極的理想/価値の横領は容易に起き得る。下の世代をいびる上の世代は、自分たちが経験していないようなことであっても、私たちもこれを経験してきたんだ・私たちはもっと辛いことに耐えて頑張ってきたんだ、などと言いながら、それを下の世代に押し付けることができる。その時、上の世代は、より上の世代と下の世代との間に立って、継承されてきた「伝統」や「歴史」の解釈権を独占し、下の世代を抑圧する自らの行為を正当化しながら、行為の責任をより上の世代へと放り投げることができる。彼らは、最も理想的であるどこかの世代、あるいは最終的な帰責先となるどこかの世代(それが本当に存在したのか、物語られている通りだったのかは不明である)への「相対的近さ」によって、自己の正当化と責任の無化を為し得ているのである。

ここでは理想の横領が起こっている。あるいは伝統の、歴史の、価値の、何でもいい。ともかく何かが横領され、すり替えられている。時に何らかの要因によって「目覚め」て、「何故こんな時代になってしまったのだ」などとのたまいながら、同世代を、あるいは自分より上の世代をも、より上の世代の「理想の姿」を準拠点とすることで批判しようとする人間がいるが、彼は年齢ではなく「目覚めた」という体験によって他者と比べて理想への「相対的近さ」を手に入れたと信じているのである。もちろんそれは、彼の主観的解釈によって再構成された理想像に過ぎないのだが。しかし、思えば、人はいつもそのようにして、つまり恣意的に解釈されただけの主観的認識を理想として想定した上で、そこへの相対的近さによって自己を正当化したり無責化したり、他者を批判したり問責したりしている。

日露戦争頃までの明治の日本人を懐かしむ人も、それ以後から敗戦までの時代の精神を懐かしむ人も、戦後すぐの悔恨共同体≒平和と民主主義の精神を懐かしむ人も、安保闘争での「民主主義の勝利」を懐かしむ人も、全共闘時代の「闘争」における躍動を懐かしむ人も、市民としてべ平連に参加したことを懐かしむ人も、経済成長を支えたモーレツさを懐かしむ人も、バブル時代の華やかさを懐かしむ人も、皆どこかを理想として再解釈し、美化した上で、そこへの「相対的近さ」によって自己を正当化し、自己の地位を高め、他の世代や他の人々より優位に立ったつもりになって自己肯定感を味わっているのではないのか(あるいは、バブル後の就職氷河期世代も、10年後20年後、自分たちはあんな苦境に耐えたのに今の若者は…、と語り出さない保証は無い)。上の世代が、存在したのかどうか、本当に語られる通りだったのか分からない特定の時代を、理想として独占的に措定し、解釈し、そこからの遠さを以て下の世代を批判し、翻って「相対的近さ」を以て自己を肯定するのは、ずるい。そして、胡散臭い。やっていることは神のお告げに従って信徒の振舞いを正そうとする教祖と変わらないのだ。

こうした抑圧の移譲構造を排除するためには、特定の時点や特定の姿を理想として措定することを止めなければならない。世代間・時代間を同じ地平で捉える必要があるのだ。比較や優劣の評価をしてはならないということではない。どこかを絶対的・究極的理想として特権的な価値規準に据えた上で、そこからの相対的距離の遠近によって現実を評価ないし批判するという手法を採るのを止めなければならないと言っているのである。これはとても難しい。たぶん実現は無理だろう。学問の世界においても、究極的な「正しさ」は、私たちが生きている間には辿りつけないかもしれないが、必ずどこかにあるはずだと考えている人が多いのだし。そもそも宗教が無くならないことが、この手法を退けることの難しさを示している。仮構としてでも価値規準としての理想を設定することは便利だから、おいそれと捨てられる手法ではない。それに、人は自分を正当化し、肯定しないと生きていけないのかもしれない。まぁ、それでも批判することはできる。私はそういう道を行こう。


ところで赤木さんや後藤さんの主張も、ここ10年20年だけでなくて少なくとも戦後思想に対する評価や戦後に対する歴史観などが併せて示されるようになれば、もう少し射程と尖鋭さを増して一層面白くなるんじゃないかなぁ。とか、八月=戦争関連の思考との絡みで、いっそのこと戦後「平和」主義を全否定・総批判していくような形で論陣を張れば面白いのかなぁ、などと考えたりしつつ、このエントリの着想を得たので書いた。書きながら繋がればいいなと思ったけど、あんまり繋がらなかったので付記しておいた。


Tuesday, February 6, 2007

自由と管理―パノプティコンと現代社会


パノプティコンと規律訓練権力



ミシェル・フーコーは、強制する権力、抑圧する権力、という従来の権力観を覆す新しい権力観を、ジェレミー・ベンサムが考案した監視塔=「パノプティコン」の例で示したことで有名である。

パノプティコンでは、囚人達はそれぞれ独房に入れられる。独房は円形に配置され、それぞれの入り口は円の中心に向けられている。円形の牢獄の中央部には監視塔がそびえ立っており、そこから各独房の内部が見えるようになっている。これに対して、囚人の側からは監視塔の内部をうかがい知る事ができない。それゆえ、実際に監視されているのか否かにかかわらず、囚人は常に監視されている意識を持たざるを得ない。囚人は監視の目を内面化して行動するようになり、自ら行動を律するような「主体」化を迫られる。ここでは、権力行使の主体は監視者や監視の構造であるとともに、監視の目を内面化した被監視者自身である。

フーコーが示したこうした権力の形は、学校、工場、軍隊、病院などあらゆる空間で現れる近代的な権力の在り方だとされ、しばしば「規律訓練型権力」と呼ばれている。その特徴は、支配の対象である各個人に特定の規範を内面化させ、自ら規範に従うよう仕向ける点にある。また、この権力は、規律・訓練される/する各個人にとって、必ずしも不利益になるものではなく、むしろ利益を増進するものである。学校教育に象徴的なように、規律・訓練された主体でなければ近代社会の中で生きていくことは難しいし、規律・訓練されていない主体ばかりでは近代社会は立ち行かない。その意味で、こうした権力は我々を「生かす」権力、我々の役に立つ権力である。


フーコー的権力観の失効?



ところで、近年では、パノプティコンの例を用いた規律訓練型権力の存在様式としては説明しがたい事態が出現していることが、盛んに議論されている。

例えば鈴木謙介は、一方的な可視性によって被監視者が不可避的に自律するように仕向けるフーコー的権力観によって監視カメラを捉えるとすれば、監視カメラが被監視者から見える位置にあることが重要であり、場合によっては「カメラのような形をしたものが天井からぶら下がっていさえすればいいはずである」が、「カメラが一見それとわからないような形状になったり、センサーや無線などを用いた「見えない」ものになっていく」傾向が見られる現状はそうした説明から逸脱するものである、と指摘している*1。確かに、ここには事態の変化がある。

そうした変化は、監視の目的が変化したことによる。新たに現れてきた「見えない監視」は、従来の監視のように被監視者の自己規律を目的としてはいない。新たな監視は、被監視者の行動を記録したり、情報を収集したり、資格を認証したりするために用いられる。そこでは被監視者を規律することよりも、その情報を記録して管理することが目的とされている。被監視者の内面よりも、データが重要なのだ。そして、今や監視と管理の技術は民間領域へと拡散している(「監視国家」から「監視社会」へ)。現代社会においては監視は遍在しており、決して国家の独占物ではない。

例えば、子どもの安全のために電子タグが利用され、交通の利便のためにsuicaやETCが用いられ、通信の利便のために携帯電話が使われる。suicaや携帯電話にクレジットカードを連動させて買い物をすることもできる。我々は、こうした安全や利便のために自らの位置情報や行動記録、消費記録を提供する。それは、市場メカニズムの中で、我々が消費者としての自由選択によって、監視され、管理されることを自発的に望むことを意味している。つまりそれはビッグ・ブラザーによる監視などではなく、いわば多数のリトル・ブラザーによる多元的管理である。我々は、自らの個人情報のデータベースがあらゆるところに存在することで、その場に応じた個人認証が可能になり、その場に応じたサービスを享受できるのである。

重要なことは、こうした管理社会が、人々の自己決定によって成立していることである。確かに、依然として国家による監視の問題は存在する。そして、国家=ビッグ・ブラザーによる監視と民間=リトル・ブラザーによる管理が結び付く危険も存在する*2。だが、その場合にも、監視と管理は、魅力的なサービスのために必要な対価としての個人情報の提供に基づいて行われるだろう。それは基本的には、あくまでも我々の自由を拡大し、多様な選択肢を可能にするために、我々自身の選択によって行われる。

それゆえ、この監視と管理は確かに権力ではあるが、人々の欲望に応じて、それを実現するために作動している。では、このように権力が人々の欲望を実現するために働くのであれば、そもそもそれにに抵抗する必要があるのだろうか。そこで失われているものは何なのだろうか。これは難しい課題である。抵抗の必要などない、という回答も十分有り得るだろう。抵抗するべきだと考える場合にも、なぜ、何に対して、どのように、抵抗すべきなのかについての答えは容易には見つからない。それゆえ、今回は棚上げにしておこう*3


パノプティコンの第二の意味



我々がここで第一に確認しておくべきことは、現代型の管理社会においては確かに、パノプティコンを象徴とした権力図式が当てはまらない場面が多くなってきているということである。だが、実は、パノプティコンの象徴に見るべき重要な特徴は、一般的に強調されるような一方的な可視性による自己規律化だけにあるわけではない。パノプティコンには、「側面での不可視性」という第二の重大な特徴を見出すことができる。

それは、囚人たちが独房に収容されている点に示される。パノプティコンにおいて、各囚人は一人の人間として一個の部屋を与えられる権利を承認されている一方で、隣接する囚人と相互に交流や情報交換することを決して許されず、完全に孤立している。隣に収容されている囚人と深く知り合うこともできない以上、囚人が頼ることができるのは監視者以外に存在せず、彼は監視者への依存を深めていかざるを得ない。パノプティコンは、囚人に監視者との二者関係を迫ることによって、囚人が不可避的に監視者への依存を深めていくような構造を有しているのである。

この点は、特に現代において、きわめて示唆に富む。それは、価値の多元化が著しく進んだ現代社会では、人々に共通の価値を見出しにくいために社会の統合感が弱まり、不安が喚起されることで、 個人の公権力への依存が強まりやすいからである。


自由な社会における国家への依存



高度消費社会では、人々はそれぞれ異なる商品を異なるスタイルで消費する。第三次産業が盛んな都市社会においては、労働時間は一律ではない。発達した交通機関のために、居住/生活/労働の空間はそれぞれ異なっていることが多い。国際化によって外国人住民が絶えず流入してくる。結果として、ライフスタイルは多様化し、近隣住民同士の接触機会は減少する。匿名性が高く、相互に無干渉であるだけでなく無関心であることが多い。

こうしたライフスタイルの多様化は、家族や地域の結合力を弱め、流動性を高める。他方で、企業においても雇用の流動性が高まり、帰属意識は弱まっていく。総じて個人の「集団離れ」が進み、国家に対峙する存在としての「社会」における中間集団は、弱体化して統合力を失っていく。他方で、情報技術の発達が価値を共有する者との接触を容易にしており、個人は生活の大部分を同質的な仲間とだけ接触して暮らすことが可能になる(「島宇宙化」)。

すると人々は、価値を同じくする者同士、親しく接する者同士ではない相手は、得体の知れない人物であると感じ、容易に信用しないようになる。そうした社会では、現実の治安状況とは無関係に、側面での不可視性ゆえの不安が増大し、セキュリティ意識が上昇する。その結果、様々な場面で国家権力に依存するような状況が出現するようになる。


パノプティコンとしての現代日本



実際、1990年代末以降の日本では、体感治安が悪化していくのと並行して、従来国家権力が踏み込まなかった私的領域への国家的介入が進んだ。それは例えば、ストーカー、ドメスティック・バイオレンス、児童虐待、高齢者虐待、動物虐待などに関わる。浜井浩一によれば、近年の治安悪化論の根拠とされている犯罪認知件数の増加および検挙率の低下は、1999年の桶川ストーカー事件を契機とする警察の方針転換を反映したものである *4。警察の不手際や消極姿勢への批判に応える形で、2000年以降、警察は被害届の積極的受理や、事件通報およびトラブル相談への積極的対応の方針を打ち出し、さらに市民に対して被害やトラブルの相談を警察に持ち込むよう積極的に働きかけるようになった。その結果、認知件数が増加しただけでなく、従来は介入を控えていたレベルのトラブルにも対応せざるを得なくなったために負担が増大し、検挙率の低下に繋がったとされる。

こうした転換は、民事への介入をできるだけ制限するために事後対応を中心とする司法警察から、事前の予防を目的として国民生活への積極介入を旨とする行政警察への転換と見做すこともできる。それ自体、極めて重大な転換ではあるが、それよりも注目に値することは、こうした転換が国民によって要請されたものであるという事実である。その背景には、「社会」における紛争解決能力が衰弱したことと、個人の権利意識が強くなったこと、二つの要因の重なりが存在している。

「社会」の紛争解決能力の衰弱は、個人の「集団離れ」によるものである。ただ、従来は家族、地域、労働組合、企業といった中間集団が一定の紛争解決能力を有していたことが事実であるとしても、その「解決」の内実が権威的調停による和解や揉み消し、黙殺であった場合が少なくなかったであろうことは、想像に難くない。その点を加味するならば、そうした「社会」による権利侵害からの解放という面も含めて、個人の権利意識の強化を重く見るべきだろう。

例えば、人権保護法案や個人情報保護法といったイシューが個人の権利保護を名目として現れ*5、それに対して多くの人々が積極的に反対しないのは、マスコミを含む「社会」内における権利侵害や差別から個人を守るためには、国家権力に頼る必要がある、という認識が少なからず共有されているからであろう*6。家族や地域が流動性を増している現代においては、「社会」=「側面」の得体の知れない人々を頼るよりも、個人としての権利に基づいて国家の権力を頼った方が、より確実で安心できるのである*7。そして、権利の尊重と個人主義を基調とする限り、そうした意識に対しては、容易に逆らいがたいものがある*8

結局、リバタリアン(あるいはポストモダニスト)が望むような多様な価値の自由な追求は、自由=多様であるがゆえの不安からセキュリティへの欲望を呼び起こし、強い国家権力への個人の依存を避けがたくする*9。それはリバタリアンが直面せざるを得ない内在的な困難である。ロバート・ノージックは、「全員が住むべき最善の社会が一つある」という考えを否定して、各人が「自由に随意的に結合して理想的コミュニティーの中で自分自身の善き生のヴィジョンを追求しそれを実現しようとする」ことを可能にするために、複数のユートピアの「枠」である「メタ・ユートピア」として最小国家を構想した*10。そうしたメタ・ユートピアは非常に魅力的であるが、その基盤を維持するためには結局、安全保障政策や治安政策を担う強力な国家が必要となる。それはとても単純でつまらない結論であるが、否定しがたい結論である。


治安共同体の病理



また、価値の多様化や、それに伴う家族や地域の流動化は、保守的ノスタルジーを喚起して、地域の連帯感や、何らかの共通価値(道徳、文化、伝統、ナショナリズム)への欲求を拡大する側面も持つ*11

例えば、日本では最近、「子どもの安全」をテコにして地域防犯活動が活発化して様々な取り組みが行われている*12。それは地域社会の自主的取り組みであり*13、その活況を見る限り、時計の針を戻したような地域コミュニティの再生が実現しつつあるようにも思える。だが、現実には、そうした活動の基礎に一貫して不安と不信が横たわっているため、通学路に立って子どもの安全を守る防犯ボランティアの人々といえども、普段着で道を歩けば一転、不審者扱いされかねない。そうした「治安共同体」では、向こうからやって来る人物が子どもの頭を撫でようとしているのか、子どもの胸をナイフで突き刺そうとしているのか分からない、という不安におびえなければならない*14。自由な社会ゆえの根拠なき不安に基づく体感治安は、いつまでも好転しないのである。

地域の自発的な防犯取り組みは、目に付きやすい社会の異端者を、不審者として見とがめやすい*15。そして、そうした「不審者」の多くが、失業者、ホームレス、障害者、外国人である。こうした社会的弱者が大量に刑務所に送られることによって、現在、刑務所は過剰収容に陥っている。彼らの多くは刑務所での労務もおぼつかないため、社会に出ても働くことは難しい。もちろん、不審者を一掃しようとする地域に居場所はない。結局、彼らの多くが、最後のセーフティネットとしての刑務所で生涯の大部分を送ることになる。ここに至っては、パノプティコンはもはや比喩ではない。彼らは現実の牢獄に、深く依存せざるを得ない*16


新自由主義の栄華かリベラリズムの完成か



ここまで治安の問題を中心に述べてきたが、他の面でも同じである。経済的な問題について見ても、個人の国家への依存は進むだろう。たとえ「小さな政府」となって福祉が削られたとしても、企業や家族、地域に頼れない人々は、公的福祉を頼るしかない。個人が「集団離れ」によって「社会」からの自由を手に入れたということは、一人では立ち行かなくなった時に「社会」に頼ることはできないということである。最後に残るのは、どんなに冷たくとも、それが刑務所という形であっても、国家しかない。

まとめよう。パノプティコンの第一の特徴である一方的な可視性による自己規律に注目するならば、確かに権力図式の描写にパノプティコンを用いることが有効である場面は、より限られてきている。だが、第二の特徴としての側面での不可視性による監視者への依存に注目するならば、権力図式の描写にパノプティコンを用いることには未だ現代的意味があると考えることができる。現代社会では、個人の権利は丁重に保護されるし、多様な価値の自由な追求が認められる。だが、個人はそうした自由な選択のためにリトル・ブラザー達による多元的な管理の下にあり、そうした多元的管理とビッグ・ブラザーによる一元的管理が結び付く危険性もある。また、自由=多様な社会であることゆえの不安からセキュリティ意識が肥大化し、様々な場面で個人の側から国家権力による積極的な介入や出動を要請するような事態が生じやすくなっている(あるいは共通価値を復権させようとする動きが生じやすくなる)。それは流動性の増大によって、もはや家族・地域・企業といった中間集団をはじめとする「社会」には個人を保護する受け皿としての役割を担うことが難しいからであり、個人が「社会」内部の様々な拘束からの自由を欲したためでもある。個人は、自らの欲望を実現してくれるリトル・ブラザー達に依存する一方で、そうした欲望充足を可能にする自由と権利を保護してくれる国家への依存を強めていくのである。

こうした事態は、リバタリアニズムが欲望したメタ・ユートピアの屈折した形での実現であると言うこともできるかもしれないし、経済的自由を徹底しようとする立場と保守的価値観を重視する立場との結託を重視するならば、リバタリアニズムと言うよりも新自由主義や新保守主義という言葉を用いた方がいいかもしれない。しかし、私はこの事態はある意味で(old/new)リベラリズムが追求してきた価値がかなりの程度で実現した事態、リベラリズムの完成とすら呼ぶべき事態なのかもしれないと考えている。その意味について立ち入って述べることはここではしない。ただ、繰り返すように、我々はまず、何に対して、いかなる理由で、いかなる方法によって抵抗するのかを問い直さねばなるまい。

最後に、二点ほど書き付けておく。一点目は、民間のリトル・ブラザー達による多元的管理とビッグ・ブラザーによる国家的管理が密接に結び付いた時、些細な法の踏み外しも許容しない「法の完全実行」が実現する可能性があるということ*17。それは望ましいだろうか。二点目は、セキュリティそのものが消費されるべき欲望の対象となってしまえば、それは選択の自由の問題であり、止めることは難しいということ。そこでは現実の治安状況がどうあれ、もはや問題にはならないであろう。



*1:鈴木謙介[2005]『カーニヴァル化する社会』講談社:講談社現代新書、70頁。

*2:例えば、住基カードが民間のサービスを受けるために必要なIDになるなど。その情報がNシステムと結び付くかもしれない。こうした様々な形での監視・管理の可能性や、そうした権力の性質についての詳細な議論は、東浩紀『情報自由論』を参照。

*3:この問題も含む興味深い考察を数多く行っているものとして、東浩紀・大澤真幸[2003]『自由を考える』NHK出版:NHKブックス、を参照。

*4:以下、浜井浩一・芹沢一也[2007]『犯罪不安社会 誰もが「不審者」?』光文社:光文社新書、第1章に拠る。

*5:「自己の情報をコントロールする権利」なるものの主張は、その権利の保護主体としての国家権力の強化を要請せざるを得ない。

*6:犯罪被害者保護の運動をこの文脈で捉えることもできる。

*7:こうした事態の背景に、リベラリズムは親密圏における問題に鈍感である、というフェミニズムによる批判のインパクトを読み込むこともできるかもしれない。ここには公私の分離やその境界の決定、すなわち国家が関わるべき範囲の是非という問題が横たわっているが、これ以上踏み込まない。

*8:個人の権利をよりきめ細かく保護しようとすると国家権力が肥大化しかねないというジレンマは従来の自由主義=立憲主義の土台に関わるものであり、こうしたジレンマゆえに、憲法に「国民の責務」を書き込むべきであるというようなロジックが入り込む隙間が出てくるのかもしれない。

*9:そもそも、多様な価値を尊重する社会を維持するためには、そうした多文化主義/文化多元主義の基盤を破壊するような者の排除、つまり最低限のセキュリティが不可欠なのである。

*10:ロバート・ノージック[1995]『アナーキー・国家・ユートピア』木鐸社、504‐506頁。

*11:そうした欲求に基づく保守的運動は、流動化に疲弊する人々を惹き付けて統合することで社会秩序を維持しようとするため、一層の流動化をもたらす新自由主義的立場と対立するようでありながら、共犯関係にあるようでもある。

*12:こうした活動を「日本の治安が悪化していることは間違いないと思います」「日本でもコミュニティの「社会的連帯感」が強いときは治安がよかったのです」といった誤った認識に基づいて称揚している最近の恥ずべき例として、菊池理夫[2007]『日本を甦らせる政治思想 現代コミュニタリアニズム入門』講談社:講談社現代新書、159‐162頁。

*13:あるいは、それは地域の治安対策を部分的に民間に委託しながら進められる、新たな行政警察の形かもしれない。

*14:以上、浜井・芹沢前掲書、第3章に拠る。

*15:以下、浜井・芹沢前掲書、第4章に拠る。

*16:日本の刑務所の現状についての興味深い報告として、浜井浩一[2006]『刑務所の風景―社会を見つめる刑務所モノグラフ』日本評論社、を参照。



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